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第11話「新しい世界へ」

 

 その後、アルサル達との話し合いにより、出発の日は翌日に決まった。管理局内で割り当てられた部屋では、ダンが明日の出発に向けて荷支度をしている。その様子を、ユリは部屋の入り口からじっと見つめていた。

 ダンはあの真紅の騎士を倒すと言った。それは、両親の仇討ちのためであり、同時に両親との約束を守るためでもあるのだろう。お前は俺が守る、島を出る時に、ダンは私ともそう約束したのだ。

 嬉しかった。あんなにひどいことを言ったのに、ダンはまだ、私の事をちゃんと思ってくれていた。まだ、私にも家族がいることが嬉しかった。だから、コルムに来ても不安はなかった。ダンが、傍にいてくれたから。でも、今は……。

 

 

 その夜、ダンは一通り荷支度を終えて、自室のベッドで身体を横たえていた。アルサルという男が言うには、ジュウへ一刻も早く着くため、明日からはかなりハードなスケジュールで動くとのことだった。そのため、今日はしっかりと休んでおくように言われたのだ。

 とはいえ、ダンは容易には寝付けなかった。あの真紅の騎士を倒しに行くのだ。そう考えただけで、ダンの身体は血の煮えたぎるような興奮と怒りを覚えた。ユリからも、自分からも全てを奪った奴を、必ず殺す。たとえ、刺し違えてでも。

 ダンがそんなことを考えていると、不意に部屋の扉が遠慮がちにノックされた。

「誰だ?」

 ダンが扉に向かって声をかける。

「あの、私だけど……ダン、起きてる?」

 扉の向こうから聞きなれた声が聞こえてくる。ダンはすぐにベッドから起き上がった。

「ユリか。起きてるぞ。どうした?」

「少し話がしたいんだけど……」

 ユリの声には、いつものような元気が無い。ダンは不思議に思って扉を開けた。

「あ……」

 急に扉を開けるとは思っていなかったのか、ユリが戸惑ったような声を上げる。ダンを見つめるユリの顔は、どこか悲しげだった。

「どうしたんだユリ? 何かあったのか?」

「その……外で少し話さない?」

「ここじゃダメなのか?」

「ここじゃ、誰かに聞かれるかもしれないし……」

 ユリが周囲を気にするように視線を彷徨わせる。どうやら、どうしても自分以外には聞かせたくない話のようだ。

「わかった。確か庭があったから、そこに出よう」

「うん……」

 様子のおかしいユリを気にしながらも、ダンは部屋の扉を閉めると、庭に向かって歩き出す。ユリは無言のまま、おとなしくダンと歩き出した。

 

 

 管理局の丁度中央部分に位置する中庭は、普段は管理局員が昼食を取ったり、お茶を楽しんだりする憩いの場だ。様々な観葉植物が植えられ、人々の目を楽しませる。もっとも、ほとんどの職員が帰宅した夜の中庭は、昼間とは正反対に静まり返り、灯りのない状況では観葉植物を眺めることも出来ない。二人の足元を照らすのは、空にひっそりと浮かぶ月の光だけだ。

「ごめんね、こんな時間に……」

「気にするな。それより、話っていうのは?」

 中庭にあるベンチに腰掛けながら、ダンが尋ねる。ユリはダンのすぐ横に座ると、一つ小さな息を吐いた。

「明日、出発するの?」

「ああ。必ず奴を見つけ出す。地の果てまで追いかけてでもな」

 ダンが迷いなく答える。その答えを聞いて、ユリはさらに質問を重ねた。

「もし見つけたら、戦うの?」

「……当然だろ? なんでそんなことを聞く?」

 質問の真意が読み取れず、ダンがユリの横顔をじっと見つめる。ユリはしばらく俯いていたが、やがて、やっと聞き取れるような小さな声で呟いた。

「行かないで……」

「え?」

 予想外のユリの言葉に、ダンは半ば唖然として聞き返した。

「行かないでって……何を言ってるんだ? 奴は……」

「わかってる。お父さんやお母さんの仇で、村の皆も……」

「そうだ。だから……」

「でも、ダンがやることないじゃない。あの、アルサルとかいう人に任せておけば……」

 自分がやる必要は無い、という言葉に、ダンは声をつまらせた。自分がユリや、あの村の人々といた期間は、たったの二年足らず。ユリに比べれば、あの村に対する思い入れは少ないかもしれない。そこまでする必要は無い。他の人に任せておけばよい。そう言われてしまうのも、仕方のないことかもしれない。

「確かに、俺はユリと血は繋がってないし、居候みたいなものだった。だが、それでも俺なりに……」

「違う、そんなことが言いたいんじゃない」

 ダンの言葉を遮るように、ユリは小さく首を横に振った。

「あの時に言っちゃったこと、気にしてるなら謝るよ。あの時は、ついカッとなっちゃって、ひどいこと言ったけど……でも、私は今でもダンのこと家族だと思ってる。大切な弟だと思ってるよ。本当だよ」

「だったら、俺が……」

「だからこそ、だよ!」

 がばっと顔を上げたユリがダンを見つめる。その目じりには、小さな涙の粒が浮かんでいた。

「ユリ……?」

「もう、ダンだけなんだよ? お父さんも、お母さんも、村の皆も……皆、皆いなくなっちゃった。ダンだけ……私のことを知ってるのは、ダンだけなんだよ! もし、ダンがいなくなったら……今度こそ、私は本当に一人ぼっちになっちゃう……」

 目じりに溜まった涙が、溢れて頬を伝う。それは、月の光に反射して、小さな光を放った。

「だから、行かないで……ここにいてよ……」

 ユリの涙を見た時、ダンは初めて自分の愚かさに気付いた。ユリの両親の仇を討ち、彼らとの約束を果たすこと。ダンはそれだけを考えてきた。それが、何よりユリのためになると思っていた。そう考えて、そのためだけに行動してきた。でも、それは自分の独りよがりに過ぎなかったのかもしれない。

 自分は、ユリのことを本当に考えていただろうか。彼女が抱える喪失感や、彼女が抱える不安のことを考えず、強引にコルムへと連れてきた。もし、きちんとユリのことを見ていれば、自分はこうも簡単に同じ行動を取ることが出来ただろうか。

「ユリ、聞いてくれ」

 ダンはユリと正面から向き合うと、その両肩をそっと掴んだ。

「ごめん。ユリの気持ち、考えてあげられなくて……。ユリの言うことも、もっともだ。でもな……」

 そう言って、ダンはユリの瞳をじっと見つめた。

「人は出会い、そして別れていくものだ。生きている限り、誰かと別れなければならない。それは、避けられない道なんだ。遅かれ早かれ、父さんや母さんとも、村の皆とも別れなければならなかった。でも、別れがあれば、出会いもある」

 ダンの口からは、自然と言葉が溢れていた。何も考えていないのに、自然と言葉が紡がれていく。でも、何故か、心の奥深くが、チクリと痛んだ。

「ユリ、俺達は今まで、あの村の中のことしか知らなかった。出会いも別れも、あの村で経験してきた。でも、もうあの村はない。だから、一歩外に、この新しい広い世界に踏み出そう。そして、新しい出会いを見つけるんだ。俺とユリが出会ったように」

 ダンが話している間、ユリはずっとダンから目を逸らさなかった。いつの間にか涙は止まっていて、大きな瞳がじっとダンの瞳を見つめ返していた。

「うん……ダンも、一緒に……」

「もちろんだ。でも、その前に、やらなくちゃいけないこともある。だから、俺は行くよ。でも、必ず戻ってくる。ユリと一緒に、新しい世界に踏み出すために」

 ダンの言葉に、ユリが一つ大きく頷く。その顔には、いつもの笑顔が戻っていた。

「約束……」

「ああ、約束だ」

 ダンがユリの両手を取り、力強く握り締める。それは、少年にとって決して破ることの出来ない、約束の証だった。

 

第11話 終