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第12話「遥かな記憶」

 

 夢を見ていた。

 どこか懐かしいような、そんな夢を見ていた。

 緑に囲まれた、森の奥深くにある小さな小屋。春には桜、夏には青葉、秋には紅葉、冬には落ち葉。そんな、四季を感じる森の中に、俺は住んでいた。

 森は、いつも静かだった。小屋から外に出ると、聞こえてくるのは、木々のざわめきと鳥のさえずり。そして、自分の息遣い。まるで、世界に自分一人しかいないような、そんな感覚。その感覚を感じるとき、俺はいつも少しだけ不安を覚えるのだ。もしかしたら、この世界には本当に俺しかいなくて、俺は皆とは別の世界にいるんじゃないかって。

 でも、そんな時、後ろからいつも、彼女が俺を呼ぶ声が聞こえてくるのだ。その声を聞いて、俺の不安はすぐに払拭される。そして、彼女に向かって手を振り返すのだ。

 彼女は、どんな人だったろう。とても、とても俺と近しい女性だった。

 そう、確か、名前は……。

 

 

 カーテンの隙間から差し込む光が、ダンの顔を照らし出す。その眩しさに、ダンは光を避けるようにごろりと寝返りをうった。

 何か、何か夢を見ていた気がする。とても大切な、懐かしい夢を。ダンはしばらく寝転がったまま夢の内容を思い出そうと努めたが、起床直後のぼんやりした頭では、とても思い出せそうになかった。

「……顔でも洗ってくるか」

 ダンは誰にとも無くそう呟くと、ベッドから降りて部屋の扉へと向かう。そして、ドアノブに手をかけた、その時だった。

「ダン君、起きてる?」

 突然、部屋の扉がダンの目の前に迫ってきた。寝起きのダンの頭は、向こうから扉が開かれたのだと瞬時に認識することができなかった。

「ぐあっ……!」

 ごん、という鈍い音と共に、ダンは扉に頭をぶつけた。同時に頭に走る衝撃に、ダンがその場でうずくまる。

「ご、ごめんなさい! 大丈夫!?」

 扉の向こうにいたのは、昨日会ったエミリアとかいう名前の女性だった。確か、ジュウまで一緒に同行する予定になっているはずだ。

「まさかそんなところにいるとは思わなくて……。ごめんなさい」

「いや、気にしなくていい……」

 痛みが治まってきたのを確認して、ダンがゆっくりと立ち上がる。朝からとんでもない目に合わされたが、目を覚ましに顔を洗いに行く手間は省けたようだ。

「でも、傷になってるかも……ちょっと見せて」

 そう言って、エミリアがダンの顔を覗きこむ。ぐっと近くなったエミリアの顔に、ダンの鼓動が一瞬跳ね上がった。

「だ、大丈夫だ!」

 思わず、反射的に一歩後ずさる。それを見たエミリアは無理には追ってこず、控えめな笑顔を浮かべた。

「そう? ならいいんだけど……」

「それより、出発はいつ頃なんだ?」

 心の動揺を悟られぬよう、ダンが話題を変える。

「アルは昼頃にするって言ってた。午前中には準備を終わらせておくようにって」

「わかった。どこに集まればいい?」

「ティアさんが管理局の正門前に馬車を用意してくれるって。後、朝食が食堂で取れるみたいだから、食べておいたほうがいいよ」

「了解した。着替えてすぐ行く」

 それじゃあ、と言い残して、エミリアが扉を閉める。それを確認して、ダンはすぐに着替えを始めた。

 

 

 昼食を終え、管理局の正門に向かうと、既にアルサルとエミリアがダンを待ち受けていた。

「ダン、昨日はよく眠れた?」

「ああ、問題ない」

 アルサルの質問に、ダンは平淡な声でそう答えた。

「それはよかった。寝起きは最悪だったみたいだけど」

「アル!」

 ニヤリと笑みをこぼしながら言うアルサルに、エミリアが頬を膨らませる。

「はは。まぁ、エミィもわざとじゃないんだし、許してやってね」

「もともと気にしていない」

 二人のやり取りを横目に見ながら、ダンがもう一度荷物を確認する。必要なものは全てカバンの中に入っていた。

「準備はOK?」

「ああ」

 ダンがカバンを背負いながら答える。アルサルとエミリアもすぐに荷物を手に取った。

「それじゃあ、行こうか」

 そう言って、アルサルが馬車に乗り込む。続いてエミリアも馬車に乗り込んだ。

「ダン!」

 すると、ダンが馬車に乗り込む前に、後ろから声がかけられた。

「ユリ」

 馬車に乗り込もうとステップにかけていた足を下ろし、振り返る。丁度、ユリがこちらに向かって走ってくるところだった。

「はぁ……はぁ……」

息を切らしながら、ユリがダンのすぐ前までやって来る。ユリが息を落ち着けるのを、ダンはじっと待っていた。

「あ、あの……」

 ようやく息を落ち着けたユリが口を開く。だが、次に言うべき言葉が見つからず、すぐに口を閉ざしてしまった。一方、ダンもどう声をかけてよいかわからず、色々と頭を巡らせるばかりで言葉が出てこない。

「あのね、ダン……」

 しばらくの間をおいて、ユリはやっとの事で一言こう言った。

「気をつけて……」

「ああ……」

 その一言の持つ重みに、ダンは改めて今回の任務の危険性を認識した。目標である真紅の騎士の強さは桁違い。ダンと互角の戦いをしたタライムが手も足も出なかった相手だ。いくらアルサルやエミリアの力を借りるとはいえ、勝てるかどうかはわからない。もしかすれば、もうここに帰ってくることはないかもしれないのだ。

「……行ってくる」

 不安な様子をユリに見せるわけにはいかない。ダンはすぐさま振り返ると、馬車のステップに再び足をかけた。

 この馬車に乗り込めば、もう後戻りは出来ない。もしかしたら、皆のいない、どこか別の世界に連れて行かれるかもしれない。そんな不安が、ダンの頭をかすめる。

 そう。そんな時は、いつだって―

「ダン!」

 ユリがダンの背中に声をかける。ダンはゆっくりと振り返り、無意識のうちに言葉を発した。

「心配するなよ、シリア」

「……え?」

 ダンの返答に、ユリの目が大きく見開かれる。次の瞬間には、ダンもはっと我に帰った。

「今、俺は何て……」

 無意識のうちに発せられた言葉。無意識のうちに呼んでいた名前。それは一体、誰に向かって発せられたものだったのか。

「ダン……?」

「い、行ってくる!」

 ユリの方を見ないようにしながら、馬車に乗り込む。何故か、今朝とは比べ物にならないほど、鼓動が高まっていた。

 ダンが乗り込んだのを確認して、馬車が管理局の正門を出発する。正門の前に取り残されたユリは、ただ呆然と佇んで、小さくなっていく馬車を見つめていた。

 

第12話 終