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第14話「タライムの言葉」

 

 ジュウの町にほど近い、緑豊かな平原。紅葉も薄れ、目立ち始めた落ち葉を踏みしめながら、一人の男がジュウに向けて歩いていた。背中に一本の剣を背負い、全身をこげ茶色のコートで包んでいる。コートにはところどころほころびや汚れが目立ち、男が過酷な旅を経験してきたことを如実に表していた。

 腰に下げていた水筒を手に取り、軽く一口飲む。見晴らしの良い平原からは、既にジュウを目視できるようになっていた。

「後少し、だな……」

 ぽつりと独り言を呟いて、再び歩を進めようとする。だがその時、彼は背後に何者かが忍び寄る気配を感じ取った。

「誰だ?」

 いつでも背中の剣を抜けるように準備を整えてから、ゆっくりと後ろを振り返る。そこには、全身を真紅の鎧に包んだ、この場には場違いの奇妙な騎士が立っていた。

「かつて『飛龍』のギルドマスターを務めていた、ソロンだな?」

 真紅の騎士が男に尋ねる。ソロンと呼ばれた男は、無言のまま一つ頷いた。

「俺を始末する、か?」

 ソロンが背中の大剣を引き抜く。王家の者が扱う剣を模倣したとされる大剣―ネオブラント―が、太陽に照らされて金色の光を放った。

「余計な説明は不要のようだな」

 続いて、真紅の騎士も腰にかけていた鞘から剣を引き抜く。真っ赤な刀身が、ぼうっと音をたてて燃え上がった。

 両者が剣を構え、攻撃のタイミングを窺う。お互い、話し合いなど通じないことは分かっていた。ならば、余計な言葉を発する必要はない。戦いとは、元来そういうものだ。

 先に仕掛けたのは、ソロンの方だった。姿勢を低くし、地を這うように素早く走りこみながら、横なぎの一閃を放った。真紅の騎士がソロンの一閃を受け止める。甲高い金属音を響かせながら、二人の剣が交錯した。そのまま押し込もうとするソロンの剣を、真紅の騎士が押し返す。力比べでは向こうが優勢であることを、ソロンはすぐに悟った。

 すぐに後退し、距離を空けようとする。真紅の騎士は、迷うことなくソロンを追撃した。右、左、上、下、様々な角度から炎の剣がソロンを襲う。ソロンは左右にステップを踏みながら、徐々に後退して敵の剣を受け流す。敵の誇る圧倒的な速さの前には、反撃の余裕すらなかった。

 ソロンの背後に、巨大な岩壁が迫る。あそこに追い詰められれば、最早逃げ場はない。ソロンはなんとか敵の背後に回ろうと隙を窺うが、真紅の騎士の攻撃には微塵の隙も感じられない。それどころか、まだ余裕だといわんばかりに、さらに攻撃の速度を上げてきた。

「ぐっ……!」

 速度だけではない。真紅の騎士の攻撃は、その重さも桁違いだ。一つ防ぐたびに腕の痺れが増し、こちらの動きが緩慢になって来る。上下左右から繰り出される嵐のような連続攻撃に、ソロンはなすすべもなく岩壁まで追い込まれた。

「はぁぁぁぁ!!」

 真紅の騎士の炎の剣が、さらに力を増す。下から振り上げられた剣を受け止めたソロンのネオブラントは、ソロンの手を離れて宙を舞った。

「死ね」

 たった一言だけそう告げると、真紅の騎士が炎の剣を振り上げる。だが、ソロンは真紅の騎士から目を逸らさず、まっすぐに振り下ろされようとする剣を見つめていた。

 その瞬間、真紅の騎士の直感が違和感を覚えた。―あまりにも、あっさり過ぎる―。そう直感が告げたと同時に、真紅の騎士は大きく後ろに跳躍した。

「アイスウォール!」

 その直後、ソロンの目の前の地面から、無数の氷柱が飛び出してきた。間一髪のところで氷柱に串刺しになるのを避けた真紅の騎士が、空中で一回転して着地する。だが、着地と同時に、真紅の騎士は素早く剣を構えた。背後、右斜め後ろ、左斜め後ろ、全てに人の気配を感じる。ソロンとの戦いに気をとられている間に、彼は周囲を取り囲まれていたのだ。

「遅いぜ、アイスクル」

 ソロンが地面に落ちたネオブラントを拾い上げながらぼやく。

「何を言っている、ベストタイミングだ」

 ソロンの言葉を受けて、前方の岩陰からアイスクルが姿を現す。それと時を同じくして、真紅の騎士の背後からアルサル、エミリア、ダンが現れた。それぞれ武器を構え、既に戦闘準備を整えている。真紅の騎士の丁度背後に陣取りながら、アルサルが告げた。

「追い詰めたぞ、真紅の騎士よ」

 

 

 管理局内に設置された病室で、レオナは今日も一日を過ごしていた。ベッドで眠るタライムの汗をふき取って、額に冷えたタオルを乗せる。意識不明の状態から約一週間が経過していたが、容態は悪化も好転もしていなかった。

「レオナさん」

 不意に、背後から声がかけられる。レオナは思わずびくっと肩を震わせて振り返った。

「大丈夫?」

 後ろにいたのは、タライムの治療をしてくれているルーファだった。ルーファが心配そうな顔でこちらを覗き込みながら言葉を続ける。

「ここのところ、全然眠っていないんでしょ? 僕が見ているから、しばらく休んだほうがいい」

「はい……」

 ルーファの言葉に一応、頷いては見たものの、レオナはそんな気にはなれなかった。実際、レオナ自身もかなりの疲労感を感じており、休んだほうがいいとはわかっていた。しかし、眠ろうとしても、タライムのことが気がかりで、まったく眠れないのだ。ルーファもそのことがわかっているのか、困ったような顔をしながらもレオナを半ば強引に椅子から立ち上がらせた。

「一応、僕も医者なんだ。タライムのことはもちろん心配だけど、君の体調も管理しなきゃいけない。眠れなくても、とりあえず横になって。何かあったらすぐに知らせるから」

 そう言って、ルーファがレオナの背中を押す。レオナは、はい、と小さく返事をすると、出口に向かって歩き出した。だが、その時、

「う……」

 ベッドから、小さなうめき声が聞こえた。すぐにルーファがタライムの横に駆け寄る。レオナも反転し、すぐにタライムのベッドに向かった。

「タライムさん!」

 レオナがタライムに向かって呼びかける。タライムの目が、うつろながらも僅かに見開かれ、レオナを視界に捉えた。

「レオ……ナ……」

 タライムが掠れる声を絞り出して、名前を呼ぶ。レオナはタライムの左側に回りこみ、その手を握った。

「はい! ここにいますよ!」

 ルーファがカバンから様々な医療器具を取り出し、タライムの容態を確認する。その間も、タライムは何かを言おうと口を何度か開きかけた。

「何ですか!?」

 レオナがタライムの口に耳を寄せる。タライムはひゅーひゅーと空気の混じったような声で、レオナに伝えた。

「あの……真紅の騎士…の…戦い…方……覚えが……ある」

「え!?」

 真紅の騎士の正体は、現在まで全くわかっていない。タライムに覚えがあるということは、彼が今まで出会った人間の中に、あの真紅の騎士がいるかもしれないということだ。

「誰なんですか!?」

 これ以上タライムに話をさせるのは危険かもしれないと思いながらも、レオナは尋ねた。それは、きっとタライムも望んでいることだ。

 タライムが再び口を開く。そして、タライムの口から飛び出したのは、レオナが予想さえしなかった名前だった。

「剣神……リョウ…だ……」

 

第14話 終