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第35話「伝説の謎」

 

 ルディロス近郊にある考古学研究所。その三階建ての簡素な建物の一階の一番奥に、レインの研究室は用意されている。

 苦難の旅を終えて疲れもたまっていたが、ようやく掴んだわずかな手がかりについて一刻も早く調べなければならない。そんなわけで、研究室に帰って来たレインは早速アルマンシア関連の文献を片っ端から読み始めたのだった。

 一方、レインと共にコルムに帰って来たカリオンも、レインの調査を手伝うために研究室にやって来ていたが、もっぱら雑用に終始していた。カリオンはフィルシとして迫害を受けていたため、幼少期には教育を受けることができず、読み書きが出来なかった。旅をするうちに日常で使う程度の読み書きはマスターしていたが、難解な文献を読むほどのレベルには達していない。そんなわけで、カリオンはレインから指示された文献や資料を書庫から引っ張り出して来てはレインのところへ運ぶという地味な単純作業を繰り返し行わされるハメになっていた。

 ようするに、ただのパシリである。

「ここに置くぞ、レイン」

「うん、ありがと」

 両手に抱えた山のような文献を、再び机の端に積み上げていく。机の上は文献や資料の山で埋め尽くされ、積み上げられた本の高さでレインの姿が見えなくなるほどになっていた。

 積み上げられた本が崩れないように整えた後、カリオンは机から離れて部屋の中央にある大きめのソファーに腰かける。部屋の両脇には本棚がずらりと並び、中は難しそうなタイトルの本で埋め尽くされている。余分な装飾や調度品などは一切なく、家具を含めて必要最低限のものしか置いていない。勉強嫌いのカリオンから見ると、目まいを起こしそうな部屋である。

 そんな部屋の奥に配置された机で、レインはかれこれ半日近く文献を読み続けていた。しかも、その読み進めるスピードは半端ではなく、辞書ほどもあろうかという長い文献でも、ものの数十分で読み終えてしまう。ちなみに、カリオンも暇つぶしに一冊読んでいるのだが、三日目になってもまだ半分も読み終わっていない。

 彼女の師匠は考古学者として有名だったそうで、彼女自身その師匠の事を「考古学バカ」だと称していたが、ここ数日の研究所での彼女の様子を見ていると、どっちもどっちだ、というのがカリオンの本音だった。

「どうだ? 何かわかったか?」

 もはや手元の文献を読み終えるのを半ば諦めたカリオンが、レインに声をかける。

「うん、そうね」

 カリオンは続く言葉を待つが、レインはそれっきり何も言わない。怪訝に思ったカリオンは、続けて質問した。

「レイン、お前バカだろ?」

「うん、そうね」

 こいつ、何も聞いてねぇ。

 カリオンは一つため息をつくと、レインの背後に回り込み、手刀を振り上げた。

「あいた!」

 後頭部に軽くチョップを見舞うと、レインがかわいい悲鳴を上げ、こちらに振り返った。

「何するのよ!?」

「人の話を聞け! 何かわかったのかよ!?」

 恨みがましい視線を向けてくるレインを睨み返してカリオンが尋ねる。

「う〜ん……まぁ、わかったといえばわかったんだけど……」

 若干不満げな顔をしながらも、レインはカリオンの問いに答えた。

「魔獣シリアは今から五百年ほど前にアルマンシア大陸に出現した巨大なモンスターで、体長は推定一五メートル。金色の目をもった獰猛なモンスターであり、鋭い牙と爪を使った物理攻撃のみならず魔法をも使ったと言われているみたい。一夜にしてアルマンシア大陸の約四分の一を火の海にした、という伝説も残されているわ」

「そりゃ、とんでもねぇ化けもんだな」

 過去の伝説には色々と尾ひれがつくものであり、実際にアルマンシア大陸の四分の一を火の海にしたという伝説は鵜呑みにはできなかったのだが、とにかくすごい化け物だったらしいということはカリオンにも伝わった。

「でも、魔獣シリアは一夜にして一人の騎士の手によって封じられた。伝説によれば、その騎士は純白の鎧を身に纏い、背中には同じく純白の羽根を持ち、漆黒の双剣を武器にしていたとか」

「背中に羽根ぇ? なんか、にわかに胡散臭くなってきてねぇか?」

 カリオンが肩をすくめて苦笑いを浮かべる。

「あくまで伝説だからね。どこまで本当かは私にもわからない」

「まぁ、とりあえず、その騎士におかげで魔獣は封じ込められたわけだ。めでたしめでたしってとこか」

「でも、そこが腑に落ちないのよ」

 レインの指摘に、カリオンが怪訝な顔で首をかしげる。

 レインは人差し指をぴっと立てて、説明モードに入った。

「魔獣シリアはとてつもない化け物だったわけでしょ? なのに、たった一夜にして封じられた。突然現れた伝説の騎士のおかげでね。これって、あまりに出来すぎじゃない?」

「すごい化けもんが現れたから、それと戦うためにその伝説の騎士様が出て来たんだろ?」

「ところがね、この魔獣シリアの伝説の前後をいくら調べても、この伝説の騎士に関する記述はどこにも出てこないのよ。この伝説の騎士は、魔獣シリアの出現と同時にひょっこり現れて、封印と同時に忽然と姿を消した。まるで、魔獣シリアと戦うためだけに存在していたかのように」

 レインの説明を聞いたカリオンは、難しい顔をしながら言った。

「……つまり、どういうことだ?」

 すかさず、レインから頭にチョップは入る。

「何すんだよ!?」

「つまり、あまりに都合がよすぎるってこと。この伝説には、何か裏がある気がするのよ。それがわからなくて、ずっと調べてるんだけど……」

 カリオンの抗議を無視して、レインが再び手元の本に視線を向ける。すると、すぐさまカリオンに本を取り上げられた。

「ちょっと、何す……!?」

 仕返しのつもりかと思い、レインが顔を上げてカリオンの方を向く。だが、カリオンが真剣な表情を浮かべているのを見て、後に続けようとしていた言葉を飲み込んだ。

「焦るのはわかるけどよ、ちょっとは休め。帰って来てから、ずっと本と睨めっこじゃねぇか。疲れが顔に出てんぞ。そんなんじゃ、はかどるものもはかどらねぇっての」

 カリオンは取り上げた本をぱたりと閉じると、机の上にまた一つ積み上げる。そうして再びソファーに戻ると、レインの代わりにとでもいうように読みかけの本を開いた。

 確かに、カリオンの指摘通りかもしれない。レインには、一生懸命になると周りが見えなくなる傾向があった。まだ見習いだった時代にも、先生に何度もそのことを注意された記憶がある。

 その度に、先生は言っていた。一人前になったら、自分のためを思って厳しく言ってくれる人をそばに置いておきなさい、と。

「……そうね、カリオンの言う通りだわ」

 椅子の背もたれに背中をどすっと預けると、疲労感がどっと押し寄せてきた。身体がだるく、重い。確かに、こんな状態で読み続けても、大事な部分を見落としてしまいそうだ。

「ちょっと休むことにする。ところで、カリオンは何を読んでるの?」

 レインは疲れた目を休ませるように両目を閉じると、気分転換がてらに話を振ってみた。

「俺か? 俺のは伝記みたいだな」

「ふ〜ん……どんな内容?」

「まだ半分も読み終わってないけど、なんかの冒険譚みたいな感じだ。魔導師シリアとかいう奴の」

「ふ〜ん……」

 カリオンの話を聞きながら、適当に相槌を打つ。そして、ゆうに五秒は経ってから、レインは両目をぱちっと見開いた。

「ちょっと待って。今、なんて言った?」

 背もたれから上半身を起こし、机から乗り出すようにしてカリオンに尋ねる。

「あん? だから、魔導師……」

 そこまで言って、カリオンは固まった。ようやく事の重大さに気がついたらしい。なんともマヌケな話であった。

「……それ、貸して。今すぐ」

「……はい」

 休めなかったのは、お前のせいだ。

 突き刺すような視線に耐えきれず目を逸らしながら、カリオンはその本をレインに手渡した。

 

第35話 終