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第36話「正体」

 

 闘技場の中央で、二人の剣がぶつかり合う。剣に込められたオーラが反発し合い、眩いスパークの光を放つと同時に大気が悲鳴を上げ、吹き荒れる風となって闘技場の周囲に烈風を巻き起こした。

 互いに一歩引き、二度目の斬撃。

 左側から繰り出された真紅の騎士の剣を受け止めたレオンは、それを上方へ受け流すと流れのまま切り伏せに入る。真紅の騎士は半歩引いてそれを避けると、真横に一閃。レオンはとっさに身を低くしてそれを避けると、剣を振り上げる。うなりを上げる闇のグランドブレードに、真紅の騎士も剣を振り下ろして対応。爆音と共に再びスパークの光を巻き散らし、両者の剣が激突した。

威力は全くの互角。相殺された力が爆音の後に一瞬の静寂をもたらす。心地よい手の痺れを実感しながら、レオンは犬歯を剥き出しにして、獲物を求める獰猛な獣のように前進した。

足裏を爆発させ、敵の懐へ飛び込む。予想以上のスピードだったのか、真紅の騎士の反応が一瞬遅れた。受け止めきれないと即座に判断した真紅の騎士は、剣で斬撃を受けながら自ら後ろに飛び、ダメージを最小限度に軽減する。左手を地面に着き、空中で身体を反回転。地面に着地して体勢を立て直した真紅の騎士とレオンは、再び闘技場の中央で対峙した。この間、わずか三〇秒あまり。

「どうした? この程度じゃないんだろう?」

 レオンが悠然と言い放つ。

「もちろんだ」

 真紅の騎士も即答。剣を構え直し、両者が再び戦闘態勢に入る。

「長引かせても意味がない。一気にカタをつけさせてもらう」

「できるものなら、な」

 刹那、両者が再び闘技場の中央で激突。大気がいびつに揺らぎ、不規則な突風が嵐のように吹きつける。近くにいたアルサル達は、両足に力をこめてどうにかその場に踏みとどまった。

 闘技場を縦横無尽に駆け巡り、二人の剣が幾度となく交錯する。その動きは、もはや一般人の目で追うのが困難なほど速い。その一般人とは比較にならないほどの動体視力を有するアルサル達にしても、なんとか追いつけるに過ぎなかった。

 二人の戦いは、一見して互角のように見えた。実際、二人のパワーは拮抗している。しかし、ことスピードに関して言えば、一方が明らかに上回り始めているのがアルサルにはわかっていた。

「やはり、この程度か」

 戦いの刹那、そう呟いたのはレオンだった。その呟きには、どこか物悲しい響きが混じっている。

「何を……!」

「もういい」

 レオンがそう断じたと同時に、その動きが変化する。

 否、変化するなどという生易しいものではない。それは、進化といっても過言ではなかった。

 真紅の騎士の剣が、初めて空を切った。左側面に回り込んだレオンが、闇のグランドブレードを横に一閃する。その一閃は空気をも切り裂き、一閃にして二閃、真空の刃を生み出す。その二つの刃を、真紅の騎士は飛びのいてかわした。だが、その先には既にレオンが待ち受けている。

真紅の騎士は反射的に剣を振るい、レオンを牽制した。しかし、その剣さえもむなしく空を切る。レオンが今度は真紅の騎士の右側面に移動したのだ。瞬時に反応した真紅の騎士が、剣を振った勢いを利用して回し蹴りを放つ。だが、これを完全に読んでいたレオンは、左手でいとも簡単に受け流すと、一気に懐に入り込み、剣の柄をみぞおちに叩きこんだ。

「うっ……がぁ!?」

脇腹を抉り取ろうかというすさまじい衝撃に、真紅の騎士の身体がくの字に折れ曲がった。それでも、苦し紛れに炎の剣をなぎ払う。レオンは軽いステップでそれを交わすと、流れに身を任せて身体をひねり、下段蹴り。両足をもぎ取らんばかりの速度で繰り出されたレオンの右足に両足をはらわれ、真紅の騎士の身体が一瞬宙を舞う。その瞬間、下段蹴りの回転中に剣を逆手に持ちかえたレオンは、その勢いを殺さず真紅の騎士の腹に向け真横に剣を叩きこむ。真紅の騎士の身体は野球のライナー打球のように一〇メートル以上も直線に吹き飛んだ。吹き飛んだ真紅の騎士は受け身も取れず地面に叩きつけられ、それでも勢いは止まらず、闘技場の場外まで転がってようやく止まった。

「ぐっ……がっ、あ……」

 うめき声を漏らしながら、真紅の騎士がよろよろと立ち上がる。はた目から見ても、そのダメージは明らかだった。

「やはり、お前は剣神リョウではない」

 舞台の上から真紅の騎士を見下ろし、レオンは冷たい声で告げた。

「ぐっ……おぉぉぉぉぉぉ!!」

 真紅の騎士が絶叫と共に地面を蹴り、レオンに襲いかかる。レオンは無言のまま剣を構え、それを迎え撃った。

 戦いは、一方的だった。真紅の騎士のパワーはそれだけで凄まじいものであったが、当たらなければ何の意味もない。その剣は、レオンにかする様子すらなかった。それほどまでに、二人の有するスピードの次元はかけ離れている。

 それでも、真紅の騎士は諦めない。これほどの次元の差があっても諦めない。その理由が、アルサルにはよくわかった。

 レオンの動きは確かに速いが、かろうじて目では追えるのだ。そのため、当てられるような錯覚に陥ってしまう。

 しかし、レオンの動きには目が追いついても、身体が追いつかない。レオンは身体中のオーラを一瞬だけ両足に集め、爆発的な瞬発力を発揮しているのだ。その動きに追いつくには、こちらも同様のことをする必要がある。

 しかし、それは容易なことではない。オーラの操作に長けているアルサルも同様の芸当は可能だが、それを戦闘中に、しかも瞬時に行うには相当の訓練を必要とする。しかも、意識的に行っていては戦闘に集中できないため、ほとんど無意識に行う必要がある。これは、何年もの長い時間をかけて身体に覚えさせるよりほかになく、それだけの長期間の訓練に耐える忍耐力と集中力が必要となるものだ。

 レオンは以前、剣神とはコルム大陸最強を指す称号でなければならないと語っていた。それは、彼が師匠からその称号を受け継ぐことを決めた時から、彼の中で立てた一つの誓いでもあった。

 だからこそ、彼の強さを求める心には、一切の妥協がない。最強であり続けるために、彼は常に一歩先の強さを求めている。

 レオンがファイターとしてどのような才能を持っているのか、あるいは持っていないのか、アルサルにはわからない。しかし、彼の強さに対する貪欲さは、既に一種の才能にまで昇華しているのではないか。アルサルはそう感じていた。

 なおも攻撃を仕掛け続ける真紅の騎士だったが、その攻撃がレオンに当たる気配はなかった。その反応速度はアルサルより早く、レオンは全ての攻撃を紙一重でかわしているに過ぎない。だが、その紙一重は、永遠に埋まることのない紙一重だった。

 闇雲に攻撃を繰り返す真紅の騎士の動きから、徐々にキレがなくなっていく。無理な有酸素運動を続けたおかげで、体力が急激に消耗されているのだ。

 結果、真紅の騎士は会心の一撃に頼らざるを得なくなる。だが、威力のある一撃は動きも大きくなるだけに、かわされた時の隙も大きい。その隙は、この戦いにおいて致命的だった。

 真紅の騎士が炎の剣を大上段に振り上げ、レオンの頭上目がけて一気に振り下ろす。キレの失われたその攻撃が、今や風と一体となったレオンに通じるはずもない。地面を蹴り、残像を残してレオンの姿が消える。炎の剣がその残像を切り裂くのと、レオンが下段に剣を構えたのは同時だった。

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 下段に構えた剣を斜めに振り上げ、真紅の騎士の身体を上空に吹き飛ばす。その威力と衝撃に意識を失い、ふわりと高く宙を舞った真紅の騎士は無造作に舞台の地面に叩きつけられた。

 地面に倒れたまま動かなくなった真紅の騎士に、レオンを除くその場の全員が息を呑む。あまりに次元のかけ離れたレオンの強さに、誰もが言葉を失った。

 先程、レオンは倒れた真紅の騎士に対し、お前は剣神リョウではないと告げた。彼は恐らく、自分にあっさり敗北するような者がリョウのはずがないと考えたのだろう。

 だが、たとえ彼がリョウであったとしても、結果は同じかもしれない。

 レオンの強さは、既にかつての剣神リョウを遥かに凌駕している。

「ぐっ……お……」

 うめき声をあげながら、真紅の騎士が立ち上がる。あれだけのダメージを受けても立ち上がれるタフさはそれだけで驚異的だったが、もはやこの場においては何の意味もない。身体もプライドもズタズタにされた真紅の騎士は、がくがくと笑う膝を押さえてなんとか立っている状態だった。

「もういいだろう」

 そう言って、レオンが軽く剣を振るう。リーサルウェポンである闇にグランドブレードは、小さな光の粒子となってその姿を消失させた。

「こんな……こんな……」

 苦い声で呟く真紅の騎士に、レオンが冷淡な声で答える。

「お前は剣神リョウではない。そう思い込んでいるだけだ」

「違う……俺は、剣神リョウだ……!」

「なら、答えろ。お前が死ぬ前に俺に言った言葉は? 恋人であるソフィアさんに言ったことは? アルサルにはなんと言った?」

 その問いに、真紅の騎士は両手で頭を抱えて首を左右に振った。

「思い……思い、出せない」

「違う、思い出せないんじゃない。知らないんだ。お前はあの時、あの場にいなかったのだからな」

 その言葉に、アルサル達が一斉にレオンの方を向く。まるで、真紅の騎士の正体を知っているかのような口ぶりだった。

「俺は、追従者の塔でお前達に殺された。だから、俺は……!」

「お前はそれを聞いただけだ。何故そうなったのか、お前は真実を知らない」

 呻くような真紅の騎士の言葉に、レオンが小さく首を振る。

「もういいだろう、ローウェル」

 瞳に悲しみの色を湛えて、レオンは言った。

「剣神リョウは、俺達の師匠は、もうこの世にはいないんだ」

 

第36話 終