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第39話「異変」

 

 その一件があってから、ローウェルは変わった。

今までのようにモンスターを殺すことに躊躇いを覚えず、戦いの中でも迷いがなくなった。結果として、ローウェルの実戦での成果はめざましく向上した。

この変化を、リョウとレオンは良い方向に受け取った。ローウェルは弱点を克服しようとしている。そう考えた。だが、この時すでに、二人の道は大きく分かれ始めていた。

 

 

 その日も、リョウ達一行はとある町を襲ったモンスター達の討伐を行っていた。

 その町は海に面しており、港から出入りする船の交易により栄えていた。面積も広く、船で来た商人や旅人、旅行者なども含め、人口も比較的多い。そのため、リョウ達三人はそれぞれ別方面へと移動し、個別に行動をとっていた。

 あらかたモンスターの討伐を終えたレオンは、逃げ遅れた人がいないかどうか、各家を回って調べているところだった。

「残りはこの通りだけだ」

 確認するようにそう呟くと、家の中に入ったり、呼びかけたりして、その通りに人が残っていないかどうかを調べていく。そして、一つの家の前でぴたりと足を止めた。

「何だ……?」

 その家は、外観上は他の家と何ら変わりがない。だが、それでもレオンは不快感に眉根を寄せざるを得なかった。

 その家からは、ひどい異臭が発せられているのだ。この辺りまではまだ火が回っていないが、それでも町中には家の焼け焦げる匂いが立ち込めている。それにもかかわらず、この家から放たれる異臭は誰もがすぐにわかるほどひどいものだった。

 かといって、確認を怠るわけにはいかない。レオンは左手で鼻をつまみながら、右手で壊れかけたドアをこじ開けるようにして開いた。

「うっ……」

そして、小さく呻いた。家の中に充満する異臭は、家の外よりもさらに密度が濃くなっているように感じられる。しかし、レオンが呻いた理由はそれだけではなかった。

家の中には、何十体ものモンスターの死体があった。そのどれもが、執拗なまでに切り刻まれ、原形をとどめていない。内臓が地面にまき散らされ、頭や手足が散乱し、壁には体液がこびりついて今も床に垂れている。そのおぞましい光景に、さすがのレオンも家の中に踏み込むのを数秒躊躇った。

それでも、どうにか意を決して家の中に踏み込む。床に散乱する内臓や手足を避けて、レオンは家の奥に歩を進めた。

「やぁ、レオンか」

 家の奥には、予想通りの人物が立っていた。モンスターを倒した時に浴びた返り血で、服と頬が紫に染まっている。右手に握る剣の銀色の刀身の先からは、今しがた倒したモンスターのものと思われる体液がぼたぼたと、まるで獲物を求める獣の涎のように床に滴り落ちていた。

「ロー……」

 その姿に、レオンは言葉を失った。以前とはまるで別人の、怒れる戦士となったローウェルは、モンスターを殺すことに躊躇いがなくなっただけでなく、その殺し方も極めて残虐で冷酷になっていた。ここ最近は、さらにひどくなったように思う。

 女の子を助けられなかった自分自身に対する怒りが、その子を殺したモンスターへの憎しみに変わり、その憎しみが彼を変えた。ただ、その変化は、彼の弱点を補っただけでなく、彼の優しさをも変えてしまった。ローウェルは以前のような優しげな微笑みを浮かべる事が日常生活でも少なくなり、口数も次第に減っていた。

 変わり果てた彼の姿に、レオンが目をそらす。すると、モンスターばかりだと思っていた死体の中に、人間の死体が混じっている事に気づいた。モンスターと同様に、どの死体も原形をとどめておらず、男か女かの判別すら出来ない。

「ああ、その人達は僕が来たときにはもう手遅れだったんだ」

 レオンが死体を見ている事に気づいたのか、ローウェルがそう言った。

「それは、そうだろうが……」

「またモンスターのせいで新しい犠牲者が……。許せない! 本当に許せないよ!」

 ローウェルは大声でそう叫んで激昂すると、足もとにあったモンスターの死体の頭に勢いよく剣を突き立てた。ぐちゃりと音をたてて潰れた頭から体液が吹き出し、脳みそらしきものが流れ出る。

「くそ! くそ! くそが! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」

 怒りと憎しみに顔を歪めて、ローウェルは執拗に剣を突き立てた。その度に、肉がつぶれるような気持ちの悪い音が部屋に響き渡る。

「ロー! もうよせ!」

 それ以上見ていられなくなり、レオンは背後からローウェルの腕を掴んだ。

「レオン! なぜ止める!?」

「もうとっくに死んでる! それ以上やることないだろう!」

 ローウェルの声に負けない大声で、レオンが叫び返す。すると、ローウェルは勝ち誇ったようにうっすらと笑みを浮かべた。

「悔しいんだろ?」

「何?」

「今まで実戦では僕より勝っていたのに、最近では訓練でも実戦でも僕の方が勝っている。それが悔しんだろ? だから僕を止めるんだ」

 その言葉に、レオンは思わず呆然とローウェルを見つめてしまった。レオンがローウェルを止めたのはそういう理由ではなかったが、それを咎めるより先に、レオンは驚いてしまったのだ。

 レオンの中に、彼の言うような気持ちが全くないわけではなかった。だからこそ、そんなことはないと否定するようなことはしない。

 だが、以前のローウェルはそういう事は決して口にしない人間だった。他人の心を嘲笑するような真似は、決してしなかった。

 それが今は、平然とそういった言葉を放ち、勝ち誇ったような笑みさえ浮かべている。ローウェルは、そんなところまで変わってしまったのだろうか。それとも、以前からそう思っていたけど、口に出さなかっただけなのか……。

「冗談だよ、レオン。本気にするな」

 そういったレオンの思いを知ってか知らずか、ローウェルは笑ってレオンの肩を二、三度叩いた。

「さぁ、そろそろ師匠のところに戻ろう。もうここにいる意味はないしね」

 ローウェルはそう言うと、床に散乱したモンスターの内臓を踏みつけながら、家の外へと向かって行く。レオンは複雑な思いでその背中を見つめた。

 これは、ローウェルにとっていい傾向なんだ。今は憎しみや怒りにとらわれ、まだ上手く気持ちの整理ができていないが、それは一時的なものに過ぎない。

 時間をかければ、いつか解決できる問題だ。その時こそ、ローウェルは真の戦士になることができる。

 そう、今だけさ……。

 心の中で膨れ上がる不安を押し殺し、レオンは自分にそう言い聞かせる。

 だが、それが取り返しのつかない過ちであることを知るのに、それほど時間はかからなかった。

 

 

 その三日後、別の町から救援要請を受けたリョウ達一行は、その町に向かうため険阻な山越えを行っていた。日頃の訓練で通常人とは比較にならないほど鍛えられた足腰を持つ彼らであったが、その彼等をもってしてもその山越えは一苦労だった。

 比較的斜面が緩やかな場所を見つけて、リョウ達一行は休憩を取りながら山道を進んでいく。三人はちょうど今、山頂付近で休息を取っているところだった。

「そろそろ下りに入る。次の休憩は少し先になるか、あるいはないかもしれない。ここで食事も済ませておいてくれ」

「わかりました」

リョウの言葉に、レオンとローウェルが頷き返す。二人は腰に下げた革製のバッグから干し肉や乾パンといった携帯食料を取り出すと、近くの岩の上に腰を下ろした。

「ロー、そんだけで足りるのか?」

 ぽりぽりと口の中で噛み砕いた乾パンを水筒の水で流しこみながら、レオンが尋ねる。ローウェルの手には、干し肉一切れと乾パンが半個載っているだけであった。

「ああ。僕はもともとそんなに食べないからね」

 ローウェルが半個の乾パンをさらに半分に割りながら答える。

「まぁ、そうだが……」

 確かにローウェルはレオンに比べれば以前から小食だった。しかし、それでも人並みには食べていた。だが、最近のローウェルは人並みの半分も食べていない。しかも、その量は日を追うごとに減っていた。

 ローウェルは半分に割った乾パンの片方を口の中に放り込む。それを噛み砕いて飲みこむと、残った片方の乾パンをじっと見つめ、やがてそれを腰のバッグに戻した。

 その様子に、レオンが眉をひそめる。隣を見ると、リョウも何やら険しい表情でローウェルを見つめていた。

「すいません。ちょっと用を足してきます」

 そんな二人の様子にも気づかず、ローウェルは干し肉を一口かじると残りをバッグに戻し、その場を立ち去る。その後ろ姿が見えなくなってから、レオンは口を開いた。

「師匠。最近のローは少しおかしいと思いませんか?」

「そうだね」

 レオンの言葉に、リョウも同意を示した。

「食欲もないし、休憩の度に用を足しに行っています。何か体調に問題があるのではないでしょうか?」

「そうかもしれない」

 リョウが再び同意を示す。

「それなら、ローはしばらく休ませた方がいいのでは?」

「……それで治るのなら、そうするけどね。ローの問題は、肉体的なものより精神的なものだと思うんだ。こればかりは、すぐに治るものじゃない。時間をかけて、ゆっくり治していくしかないんだよ」

「なるほど」

 確かに、レオンもローウェルの体調の変化は例の一件により受けた精神的なショックが多分に影響していると考えていた。だとすれば、休んでもすぐに治るものではない。そればかりか、休んでいる間に再び後悔の念に苛まれることさえあり得る。それなら、身体を動かしていた方がかえって良いかもしれない。リョウはそこまで考えていたからこそ、ローウェルを無理に休ませなかったのだろう。

「ただ、もし……」

 そこまで言って、リョウは言葉を止めた。

「ただ?」

 怪訝に思ったレオンが先を促す。だが、リョウは思い直したように小さく首を横に振った。

「いや、何でもない。ローなら、きっと乗り越えられるさ。信じよう、彼を」

「……はい」

 その言葉に、レオンは素直に頷くことができた。

 信じていたのだ。彼の事をよく知るからこそ、レオンは信じることができた。彼をライバルとして、親友として認めていたからこそ、乗り越えられると信じていた。

 だが、この時リョウの言った「信じよう」という言葉の意味を、レオンは何一つ理解できていなかった。

 

第39話 終