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第40話「分かれた道」

 

 『どうして、こんなことになった?』

 幾度となく繰り返される自問が、再び頭をよぎる。

 迫りくる異様な圧力をともなった剣撃を受け止め、一歩左足を下がらせて体勢を整えながら、レオンは答えの出ない疑問を頭の中で反芻した。

 『一体、どこで間違えてしまったんだ?』

 左から繰り出された横薙ぎの一閃が風を切り裂き、おぉぉ、とどこか物悲しい唸り声を響かせる。とっさに半身を翻してその一閃を受け流し、レオンはさらに一歩後退した。

 逃げだせない。今、ここから逃げ出せば、外にいる人達も危険に晒される事になる。

 『なら、どうすればいい?』

 またも答えの出ない疑問。いや、本当は答えは出ている。ただ、その答えを認めてしまえば、取り返しのつかないことになってしまう。

だが、あるいは、もう取り返しのつかないことになっているのかもしれない。だとすれば、自分はどうするべきなのか。

『どうして、こんなことになった?』

一向に闇から抜け出せない思考は、ただ同じ疑問を反芻する。

 

 

山頂付近での休息以後、リョウ達三人は結局、休息を取ることはできなかった。山頂についたリョウ達三人は、救援要請が来ていた町から火の手が上がっているのを見たのだ。そこから全速力で山を駆け下りたが、険しい山道に足を取られ、山を下るのに半日を要した。

リョウ達が町に着いた時には、町は既に火の海となり、モンスター達が至るところをを徘徊していた。その数たるや、数々の戦場を経験してきたリョウでさえも息をのむほどだった。

「なんて事だ……!」

 この惨状を未然に防げなかった悔しさを言葉に滲ませたのも一瞬、表情を引き締めたリョウは、背後にいるレオンとローウェルに声をかけた。

「君達は生存者がいないかどうか確認してくれ。モンスターとの交戦は最低限でいい。その間に、私が出来得る限り殲滅しておく」

 今は一分一秒が惜しい。言外の主張を適切に読み取った二人は、リョウが言い終えると同時に走り出していた。

 行く手を遮るモンスター達をなぎ倒し、レオンとローウェルは町中を飛ぶように走る。だが、どの建物も既に焼け落ち、目に映るのは道端に転がるモンスターと人間の死骸のみ。モンスター達の手により容赦なく蹂躙された街の凄惨さに耐えきれず、レオンは視線をローウェルの方に向けた。

 ローウェルの視線は、前方に完全に固定されていた。行く手に待ち受けるモンスターだけが、その瞳に映し出されている。ローウェルも自分と同じように耐えきれなくなったのだと解釈したレオンは、ローウェルにならって視線を前方に固定した。

 さらに数匹のモンスターを倒し、ただひたすらに生存者を探す。だが、レオンの目に映るのは、蹂躙されつくした町の地獄のような光景ばかりだった。

 もう、遅かったのか。生存者探しを諦め、絶望しかかっていたその時、レオンの目に古い造りの教会が飛び込んできた。柱の一本が破壊され、屋根の一部も抜け落ちているが、火は回っていない。もしかして、とわずかな期待を抱いたレオンは、隣を走るローウェルに声をかけた。

「ロー! あの教会がまだ無事だ! もしかしたら生存者がいるかも!」

 だが、レオンの声が聞こえていないのか、ローウェルはこちらを見ようともせず、視線は前方に固定されたままだった。「ロー!」とレオンがもう一度声を張り上げる。

「……え? 何……だ?」

 ようやくこちらの声に気づいたローウェルが立ち止まり、肩を上下させて荒い息をつく。声を出すのも苦しそうだ。

「おい、大丈夫か?」

「大丈夫……だ。少し、休め、ば……」

 息を整えながら、ローウェルが返事をよこす。だが、その言葉とは裏腹に、ローウェルの様子は尋常ではなかった。額から滲み出た汗で前髪がぴたりと張り付き、頬から顎を伝ってぼたぼたと地面に垂れている。顔色が青く、血走った目はどことなく焦点が合っていない。今にも地面に倒れてしまいそうだった。

 いくら全力で走っていたとはいえ、距離としてはまだ大したことはない。モンスターとの戦闘を加味しても、これほど疲れるような運動量ではないはずだった。

「無理するな。教会には俺一人でも……」

「大丈夫だ。僕も行く」

 心配そうなレオンの声を遮って、ローウェルが硬い声で言う。その声に強い意思を感じたレオンはそれ以上何も言えず、「わかった」と答えると、教会へと足を向けた。

 

 

 教会の前にたどり着いたレオンは、重そうな木製の扉を両手で押した。だが、扉が開くことはない。どうやら、鍵がかかっているようだ。

「鍵がかかってる。中に人がいるのかも……」

 わずかな期待が胸の中で膨らむのを感じながら、レオンは扉を叩いて大声で中に呼びかけた。

「誰かいないか! 助けに来た、開けてくれ!」

 さらに数回、扉を強く叩くが、扉の向こうからの返事はない。しびれを切らしたレオンは背中の鞘から剣を引き抜くと、刀身にオーラを通し、その剣で扉を無理やり破壊した。

「誰かいないか! いたら返事をしてくれ!」

 破壊された扉の木片の上を飛び越えて、レオンは教会内に足を踏み入れた。

教会は入ってすぐのところが礼拝堂となっていた。中央に奥へと続く道が一本伸び、その左右に礼拝に来た信者達が座る席が並べられている。礼拝堂の最奥にはこの教会の信仰の対象となっているであろう神の像が安置されていたが、モンスターの襲撃のためか首から上が欠けていた。

「誰か! 誰かいないのか!」

なおも呼びかけを続けながら、薄暗い礼拝堂を進んでいく。すると、

「だ、誰だ……?」

 礼拝堂の奥の方から、震える声が返ってきたのが、レオンの耳に伝わった。すぐさま声のした方に向かって走る。

 そこには、この教会の神父と、信者と思しき住人が十名ほど、礼拝堂の片隅に肩を寄せ合うようにして固まっていた。顔色は恐怖のあまり青ざめているが、特別外傷のある者もいない。どうにかモンスターの襲撃を逃れたようであった。

 まだ、生存者がいた。その事実に、レオンは心の底から安堵の息をついた。

「よかった……。俺は剣神リョウの弟子でレオンという。今、師匠が外にいるモンスター達を討伐している。もう大丈夫だ」

 剣神リョウの名が出たことで、青ざめていた住人達の顔にも安堵の色が浮かんだ。

「さぁ、俺達と避難を」

「おぉ……神よ……」

 レオンが一番近くにいた神父と思われる老人に手を差し伸べる。自分達の命が助かったことに感謝の祈りを捧げながら、神父はレオンの手を取ろうと手を伸ばし、

 

「…………………………え?」

 

 その手が、ぼとりと地面に落ちた。

 突然の事態に誰もがついていけず、手を切り落とされた神父さえ、ただ茫然とその様子を見つめていた。

 その一瞬の静寂を切り裂くように、悲鳴が上がる。だが、その悲鳴は神父からではなく、その背後にいた信者からのものだった。神父は悲鳴を上げる前に、既に首を切り落とされていた。

 肩を寄せ合うように固まっていた信者達に、逃げ場などなかった。一突きで二人を貫き、一閃で三人を切り裂いた。

 それは、ほんの数十秒の出来事だった。その、たった数十秒の間に、この町で唯一の生存者だった者達は、この町で最後の屍となった。

 屍から剣を引き抜いた惨殺者が、どこまでも無慈悲な瞳でそれを見下ろす。その瞳からは一切の感情の色が抜け落ち、ただ、どこまでも暗い空洞が続いていた。

「…………ロー…………?」

 レオンは呆然と、目の前の惨殺者を見つめた。かつての親友の形をした、その異形な者の姿を、ただ茫然と見つめた。

「ダメじゃないか、レオン」

 異形の惨殺者は、平淡な抑揚のない声で言った。

 

「モンスターどもに、情けをかけるなんて」

 

 すぐには、言葉の意味が飲み込めなかった。言葉の意味だけじゃない。目の前の光景も、充満する血の匂いも、背筋を這い上がる悪寒も、何もかもが飲み込めない。

「こんなところに隠れやがって、逃げきれるとでも思ったのか?」

 そう毒づくと、惨殺者は足もとに転がっていた、信者と思しき子供の首を蹴り飛ばした。首は教会の壁にぶつかるとサッカーボールのように数メートルもバウンドし、信者達のために用意された席の一角にぶつかり、動きを止めた。

 その光景に、理性よりも先に本能が熱く燃えたぎり、レオンは反射的に惨殺者の胸倉を掴み上げた。

「ロー! てめぇ……!」

「っ……!? ど、どうしたんだ急に?」

 突然胸倉を掴まれ、息を詰まらせながら惨殺者が戸惑いの声を上げる。

「どうしたんだ、だと? ふざけんな! こんなことをしておきながら……!」

「こんなこと? 隠れていたモンスターどもを始末して何が悪い!」

 そこまで言って、惨殺者は一瞬はっとしたような顔になり、そして、すぐに頬を歪めた。

「ああ、なんだ。そういうことか」

「そういうこと?」

「僕が全部倒したのが気に入らないのか。そうだよな。このままじゃ、また全部、僕の手柄になっちゃうもんな。そしたら、」

 言葉は、最後まで続かなかった。レオンの右拳が惨殺者の顔面に叩きこまれ、惨殺者はその勢いでごろごろと礼拝堂の床を転がって行った。

「いい加減にしろ、ロー! 一体、どうしちまったんだ!?」

 床にうつぶせに倒れた惨殺者に向かって、レオンが吠える。煮えたぎった頭は状況を冷静に判断できず、レオンはただ感情に任せて叫び続けた。

「目を覚ませ! 自分がやったことを、よく見てみろ!」

 その声に反応するかのように、惨殺者が殴られた頬を押さえながら、よろよろと立ち上がる。周囲を一通り見渡し、そして、最後にレオンを見た。

「ああ、なんだ……」

 惨殺者はレオンに視線を固定し、何かを悟ったようにそう呟いた。

 レオンを見つめる瞳。その瞳に、レオンは見覚えがあった。

 その、全く外れる余地がない、固定された視線。そう、それは、

 

「まだ一匹、残ってたのか」

 

 刹那、暴力的な狂声を上げ、惨殺者が一気にレオンとの距離を詰めてきた。

振り下ろされた惨殺者の剣を、レオンが紙一重のところで受け止める。人間離れした、すさまじいスピード。その剣撃をレオンが受け止められたのは、奇跡と言うほかなかった。

惨殺者はなおも攻撃の手を緩めず、レオンに肉迫する。レオンは少しずつ後退しながら、どうにかその攻撃をやり過ごした。

「し、シネ、シネ、シネ、カ、カ、カク、キ、シネしねしねしネシネシねししね!!」

 呂律の回らない、意味不明な言葉を発しながら、惨殺者がただひたすらに直線的な攻撃を繰り返す。スピードはすさまじいが、攻撃自体は単調で読みやすく、防御はそれほど難しくはない。それでも、レオンは恐怖のあまり防御だけで手一杯になっていた。

惨殺者の様子は、明らかに尋常ではなかった。焦点が定まらず、ぎょろぎょろとあちこちに蠢く眼球。開きっぱなしの口からは、涎がダラダラと垂れ流されている。かつての精悍な面影など、そこには微塵もない。

その、あまりの変容ぶりから来る恐怖が、レオンの熱くなっていた頭を急激に冷却させていった。

『ハーキスと呼ばれる食物を、加工して粉末状にしたものだ』

 リョウの言葉が、脳裏をよぎる。

『興奮作用のある成分を含んでいて、滋養・強壮の効果もある果物の一種だ。ただ、同時に中毒性が高く、服用を続けると幻覚・幻聴などの副作用をもたらす。』

 なぜ、彼は人間をモンスターと勘違いした?

 彼には、人間がモンスターに見えていた?

 戦場における興奮状態が、彼に幻覚を見せていたのだとしたら?

「ロー……お前……」

 管理局にあの薬物を引き渡すまで、村人が別の場所に運び出さないよう、三人は交互に見張りをしていた。ローウェルが一人で見張りをしていた時間も、もちろんあった。

 薬物の総量は、調べていない。仮に多少減っていたとしても、管理局の人間は気づかない。

 興奮作用がある。それはすなわち、戦闘における高揚感をも増幅させるのではないか。

 慈悲の心も、抑えつけていられるほどの。

 休憩のたびに用を足すと言って姿を消した。食欲も日に日に減退していた。

 あらゆる要素が、一つの結論に結びついていく。

「お前、まさか……」

 リョウは言った。信じよう、と。

 一体、何を?

 

 

『どうして、こんなことになった?』

 幾度となく繰り返される自問が、再び頭をよぎる。

 迫りくる異様な圧力をともなった剣撃を受け止め、一歩左足を下がらせて体勢を整えながら、レオンは答えの出ない疑問を頭の中で反芻した。

『一体、どこで間違えてしまったんだ?』

 左から繰り出された横薙ぎの一閃が風を切り裂き、おぉぉ、とどこか物悲しい唸り声を響かせる。とっさに半身を翻してその一閃を受け流し、レオンはさらに一歩後退した。

 逃げだせない。今、ここから逃げ出せば、外にいる人達も危険に晒される事になる。

『なら、どうすればいい?』

 またも答えの出ない疑問。いや、本当は答えは出ている。ただ、その答えを認めてしまえば、取り返しのつかないことになってしまう。

だが、あるいは、もう取り返しのつかないことになっているのかもしれない。だとすれば、自分はどうするべきなのか。

『どうして、こんなことになった?』

一向に闇から抜け出せない思考は、ただ同じ疑問を反芻する。

(やらなければ)

 それでも、答えは出さなければならない。

(こいつを、倒さなければならない)

 このままでは、もっと多くの人間が被害にあう可能性もある。だからこそ、今、ここで食い止めなければならない。

(こいつを、殺してでも!)

 レオンは、剣を握る手に力を込めた。

 背後には教会の壁が迫っており、逃げ場はない。否、初めから、逃げることなど許されない。目の前の惨殺者を止めるのは、自分の責務だ。

 動きを止めたレオンに、惨殺者が剣を振り上げる。敵しか見えていない、直線で単調な攻撃。冷静になれば、対処は容易だ。引きつけてかわし、体勢を整えないうちに仕掛ければいい。

 敵にとって絶対的な一瞬を、こちらの隙になるような状況を、あえて作り出す。レオンは背後の教会の壁に剣を突き立て、一気にオーラを流し込み、爆発させた。

 協会の壁の一部が吹き飛び、轟音とともに木材や建築材がまき散らされ、風圧によって巻き起こった砂煙が辺りに充満する。これで、視界は限りなく0に近い。

 普通ならば、両者とも戦闘どころではなくなる。この隙に、逃げに転じる事も出来る。

 しかし、殊この敵に関してだけは、例外だ。

 間違いなく、仕掛けてくる。レオンは視界に惑わされないよう目を閉じ、ただ、周囲の気配にだけ意識を集中させる。反応は、敵より確実に遅れるだろう。敵は、こちらの位置を正確に把握しているはずであるから。しかし、その優位を自覚しているからこそ、その一撃は確実に大振りになる。

 刹那、ぞわり、と背筋に走るものを感じ、レオンは身体を反転させた。同時に、目を見開く。視界に、迫りくる敵の姿が映し出された。

 他者のオーラを感じる力。剣神リョウと同じ、極めて稀な才能。それを持つ彼だからこそ、この奇襲が可能になる。

 普段なら、この時点で勝負はついているだろう。どちらに身をかわしても、次の一撃で決まってしまう。だが、直線的で単調な今なら、勝機がある。レオンは全神経を集中させ、敵の剣撃を見た。レオンの鋭敏な感覚が、0コンマ数秒の時間を限りなく引き伸ばす。そして、限界ギリギリまで敵の攻撃を引きつけ、レオンは左足を一歩後ろに出し、最小限度の動きで敵の攻撃をかわした。

 同時に生じる、敵の隙。1秒にも満たない、しかし絶対的な隙。今、攻撃すれば、確実に仕留められる。今なら、確実に殺す事が出来る。

『出来るのか?』

 不意に、疑問が頭をよぎる。

『殺せるのか?』

 生じてはいけない疑問が、頭を支配する。

 やらなければいけない。わかっていることなのに。

 わかっている。わかっている。わかっている。わかっている。

 でも、それでも、

 

(殺せる、のか?)

 

気づけば、レオンの視界にローウェルの姿はなかった。ただ、燃え盛る町の中を、懸命に走っていた。ただ一人の人物の姿を求めて。

「師匠! 師匠!!」

 レオンは叫んだ。ただ、何度も、迷子の子供のように、その名を呼び続けた。

「レオン……?」

 その声を聞きつけ、リョウはすぐにレオンの元にやって来てくれた。

「師匠! ローが……ローが……!!」

 レオンは声の震えを抑えるように、必要以上に大きな声で叫んだ。

 その様子を見たリョウは、一瞬、言葉を詰まらせ、やがて瞳を伏せた。

「そうか……」

 リョウはたった一言、それだけを呟くと、レオンの肩に手を置いた。

「ここで待っていなさい」

 そして、レオンが来た方向へと歩みを進める。

「師匠! 待って下さい!」

 その背中に向けて、レオンは叫んだ。

「ローは……ローはどうなるんです!?」

 その言葉に、リョウは一度だけ足を止めた。そして、ほんの数秒の沈黙の後、「すぐ戻る」とだけ告げ、再び歩き出した。レオンはなおもリョウの背中に叫び続けたが、リョウが足を止めることはなかった。

 

 

 次にリョウがレオンの元に帰って来た時、ローウェルの姿はどこにもなかった。

 そして、それ以来、ローウェルの姿を見ることは、二度となかった。

 

第40話 終