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第41話「真の剣神」

「思いだしたか?」

 頭を抱えて立ち尽くす真紅の騎士に、レオンが言う。だが、真紅の騎士は両手で頭を抱えたまま首をせわしなく左右に振り、「チガウ、チガウ……」とうわ言のように繰り返すだけだった。

「剣神リョウと同じ技を使うと聞いて、まさかとは思っていたが……。やはり、師匠はお前を殺せなかったんだな」

 レオンが一歩、真紅の騎士に向かって歩みを進める。その足音を聞いた真紅の騎士は、正気に戻ったように小さな悲鳴を上げ、怯えるように一歩下がった。

「昔のお前の剣技は、しなやかでキレがあった。だが、今のお前の剣技は直線的で力任せだ。何故、そんなに変わってしまったのか」

 レオンがさらに一歩、真紅の騎士に近づく。真紅の騎士は慌てて逃げようとしたが、疲労と恐怖からか足がもつれ、舞台の上に尻もちをついた。

「しなやかな剣技に必要なのは、身体の柔軟性と柔らかな手首の動き。今のお前には、後者が全く感じられない」

 レオンが尻もちをついた真紅の騎士のすぐ前にまでやって来る。真紅の騎士はレオンを見上げる事もなく、なんとか逃げようと両手を地面につけたが、

「ふっ!」

 その手に力がこもる前に、レオンの闇のグランドブレードが真紅の騎士の右手を、舞台に縫い付けるように貫いた。

 その光景に、アルサル達が一瞬、息を呑む。だが、右手が貫かれているにもかかわらず、真紅の騎士は全く痛がる様子を見せなかった。

「やはりな」

 その様子を見て、レオンが得心したように言った。

「その腕、義手か」

 アルサル達は思わず目を丸くし、言葉を失った。魔大戦終結後、需要の増大と共に義肢装具技術はめざましい発展を遂げ、魔大戦以前に比べて格段に扱いやすく、精巧なものが増えている。しかし、それは日常生活を送ることを前提として作られるものに限られた話であり、戦闘に耐え得るほどの耐久力と精巧さを備えたようなものは未だ開発されていない。

 つまり、真紅の騎士は日常生活を前提に作られたような義手を使って、あれほどの戦闘能力を発揮していたのだ。

 もし、仮に真紅の騎士が本来の腕を持っていたとしたら……。そんなことを想像し、アルサルは背筋に冷たいものが走るのを感じすにはいられなかった。

 右手を舞台に縫い付けられたままの体勢で、真紅の騎士はなおも強引に立ち上がろうとした。だが、どんなに右腕に力をこめて引っ張ろうとも、闇のグランドブレードは舞台にそびえる一本の柱のように、ぴくりとも動く気配はない。真紅の騎士はフーフー、と獣じみた荒い息を吐きながら、さらに強引に右腕を引っ張った。

 バキベキ、と何かが破裂するような音が響き、ついで勢い余った真紅の騎士が舞台に仰向けに倒れる。甲から左右に引き裂かれた義手の右手は、五指の動きを再現するためのバネや歯車などの小さな部品を飛散させ、ダラリと垂れさがって無残な姿をさらけ出していた。

 右手が破壊されたことなど気にも留めず、真紅の騎士がレオンから逃げるようにさらに数歩下がる。そこには、アルサル達を恐れさせた威圧感も、挑発的な言動を繰り返していた余裕も、微塵も感じれらなかった。

「師匠は結局、お前を殺せなかった。だからかわりに、お前の両手を奪った。そんなところだろう。違うか?」

 今度は真紅の騎士を追わず、距離を置いたままの状態でレオンが問う。

 真紅の騎士はしばらく荒い息使いのままだったが、やがて少しずつ呼吸を落ちつけていった。そして、呼吸が落ち着いてから、さらに数十秒の間をおいて、ぽつりと、独り言のように言葉を漏らした。

「なぜだ……」

 唐突な疑問の言葉に、アルサル達が眉をひそめる。すると、

「なぜだ……何故だ…何故だ、何故だ、何故だ!!??」

 突然、真紅の騎士が激昂した。左手に持ち替えた、未だ強い炎を発する剣を舞台に叩きつける。破壊された床の破片が周囲に飛び散り、石畳の下の地面まで達した刀身が土ぼこりを巻き上げる。それにもかかわらず、真紅の騎士は自身の周囲の舞台に次々と剣を叩きこみ、ただ、がむしゃらに剣を振った。

「何故、何故、何故、何故、何故!!!???」

 真紅の騎士の突然の狂行に、危険を察知したアルサル達が武器を取る。

レオンは舞台に突き刺さった闇のグランドブレードを抜き取ると、剣は構えずに下げたまま、真紅の騎士の様子を静観していた。

体力が尽きたのか、あるいは気力が先に尽きたのか、やがて真紅の騎士は動きを止めた。両肩を激しく上下させ、分厚い真紅の仮面の奥から、血走った眼をレオンに向ける。

レオンは何ら臆することなく、その視線を正面から受け止めた。

「俺の、何が間違っていた……?」

 昔とは違う一人称の、しかし、確かに聞き覚えのある懐かしい声が、レオンの耳朶を打った。

「なぜ、俺は負けた……?」

 ひどく疲れきった声だった。意思もなく、力もなく。目の前の男ではなく、どこか遠くから発せられているような、そんな声だった。

「俺は、なぜ……」

 その後に続くはずの言葉は、彼の中で呑み込まれた。

 その言葉を最後に、辺りはしん、と静まり返る。この時期にアルマンシア大陸の北西から吹き付けるやや強めの季節風が舞台の周囲の森の木々を揺るがし、時折、静けさの中にざわざわと小さな囁きを響かせた。

「負けてなど、いなかった」

 その囁きに溶け込むように、あるいはその間をすり抜けるように、レオンは答えた。

 その呟きに、下から睨みつけるようにしていた真紅の騎士が、わずかに顎を持ち上げる。

「お前は俺に負けていなかったし、多分、間違ってもいなかった。ただ……」

 レオンはかつてライバルであり、そして親友だった男の瞳を見つめ、溜め込んでいた何かを吐き出すように、重い口調で告げた。

「ただ、お前は自分に負けた。多分、それだけのことだったんだ」

 ローウェルは探していた。

 取り逃した一匹のモンスターを探して、炎が踊り狂う町中を走っていた。

「どこへ行った、クソ……!!」

 一瞬の隙をついて逃走したモンスターは、すさまじいスピードでローウェルの視界から姿を消した。あれだけのスピードで移動するモンスターに、ローウェルは未だ出会ったことがない。恐らく、かなり強力なモンスターのはずだ。

 そんなモンスターが、町中で野放しになってしまったら……。

 心の中で焦燥感が膨れ上がり、ローウェルは「クソが!」と吐き捨てるように悪態をついてから、血走った眼を周囲に走らせる。その時だった。

「ロー」

 不意に名前を呼ばれ、ローウェルは声のした方に振り返った。荒れ狂う紅蓮の炎の向こうから、誰かがやって来る。逆光でその姿ははっきりと捉えられなかったが、聞き覚えのある声からすぐにその正体はわかった。

「師匠。モンスターを見ませんでしたか? かなり素早い奴で、隙を見て逃げられてしまいました。早く倒さないと……」

「すまなかった」

 早口にまくしたてるローウェルの言葉の上からかぶせるように、リョウは唐突に謝罪を口にした。

「え? 何がです?」

「君の様子がおかしいのは気づいていた。君が苦しんでいるのもわかっていた。でも、君を信じようと思った。君を信じるのが、師としての自分の役割だと思っていた。だが、それは誤りだった。たとえ君を疑うようなことになっても、未熟な君を導くのが師としての私の役割だった。私は、師として未熟だった。どうしようもなく。私は、まだ弟子など取るべきではなかった。これは本来、私の罪だ。君が裁かれることじゃない」

「何の……話です?」

「だが、たとえ君の責任でないとしても、やはり罪は罪だ。誰かが裁かなければならない。ならば、私への裁きとして、せめて私の手で君を裁こう。そして、君の罪は私が背負おう。私の犯した罪は消えないが、せめてもの償いに、私はこれからも多くの命を救おう。君が救うはずだった命も」

「し……しょう……?」

 理解できなかった。

一体、師匠は何の話をしている?

 未熟? 責任? 罪? 裁き?

 師匠は何を言おうとしているのだ?

 そして、その疑問は、次の一言であっさりと解決した。

「君は破門だ、ローウェル」

…………ハモン? …………どういう意味だ?

いや、言葉の意味はわかっている。それは、弟子ではなくなるということだ。師匠が師匠でなくなるという事だ。

ローウェルは、剣神リョウの弟子ではなくなるということだ。

言葉の意味は理解した。だが、理解できない。

なぜ?

なぜ、自分が破門されなければならない?

強くなった。ローウェルは強くなった。誰よりも強くなった。

レオンより、強くなった。

なのに、なぜ? どうして?

目の前の男の姿が、ぐにゃりと歪む。その姿が、変わっていく。

目の前には、かつてローウェルが逃がし、そして一人の少女の命を奪った、一匹のガーゴイル。

ああ、なんだ。

ローウェルは安堵の息をついた。

目の前にいたのは師匠に化けたモンスターだったのだ。

ならば、迷うことなどない。相手はモンスターだ。殺してしまえばいい。

ローウェルは剣を抜いた。両手で柄を握りしめ、右足を一歩踏み出した。踏み出した足が地面を穿ち、ガーゴイルとの距離が一気に縮まる。剣を大上段に構え、敵の脳天めがけて一直線に振り下ろす。これで終わり。何の問題もない。

左足から、地面に着地する。なぜかバランスを崩し、ローウェルはたたらを踏んだ。

感触はなかった。ただ、奇妙な喪失感がローウェルを支配していた。

同時に、ローウェルの耳に、からん、という音が飛び込んできた。

地面を見る。そこには、ローウェルの剣が転がっていた。

なぜ? 敵を斬ったはずの自分の剣が、なぜ地面に落ちているのだ?

握りが甘かったのか?

ローウェルは握りを確かめるため、両手を見ようとし――果たせなかった。彼の両腕の手首から先は、すっぽりと、まるで初めからなかったかのように消失していた。

地面に転がった剣の、さらにその先に視線を移す。そこには、五本の指をきれいに残した二つの――

「ああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 止まっていた時間が動き出したかのように、凄まじい衝撃が彼の痛覚を駆け抜けた。欠けた手首の先から、鮮血が迸る。膝が折れ、視界一杯に地面が迫る。地面に倒れたことを自覚する余裕もなく、ローウェルは絶叫を上げたままのたうち回った。

 じゃり、と地面のこすれる音が耳朶を打ち、ローウェルは反射的にそちらに視線を向けた。視線の先に、男が立っていた。どこか見覚えのある気がしたが、それを思い出す余裕はなかった。

「これでもう、君は剣を握れない」男が言う。「私とは別の道で、君はこれから生きるんだ。辛く、苦しい道のりになるかもしれない。でも、君ならできると、私は信じているよ、ローウェル」

 男がこちらに背を向けて、歩き出す。その後ろ姿が、遠ざかって行く。

 その光景に、動悸が激しくなる。焦り、恐怖、絶望。様々な感情が交錯し、頭を埋め尽くし、痛みが少し遠ざかる。頭を埋め尽くすそれらの感情を吐き出し、あるいは爆発させるように、ローウェルは大声を轟かせた。

「なぜ!?」

 男が足を止める。ローウェルの目じりから大粒の涙があふれ出し、頬を伝って地面を濡らした。その涙は、手首を失った痛みから来るものか、あるいは――

「なぜ!?」ローウェルが今一度叫ぶ。その声に、男は振り返った。

「わからないのかい? なら、師として君に最期に教えよう」

 男は表情を変えなかった。鋭い目つき、引き締まった口元。戦場で見せる、いつもの表情。男はその表情のまま、何の感慨も見せずに、ただ淡々と、真実を告げた。

「君は、己に負けたのだ」

「はは……ははは……」

 真紅の騎士の兜の奥から、乾き切った笑いが漏れた。思い出した、何もかも。

 剣神と同じ才を持ち、剣神の最初の弟子となった。ローウェルの故郷は平和だった。だが、一歩外に出れば、世の中は危険と恐怖に満ちていた。故郷がいつそれらに飲み込まれるか、恐ろしかった。

 だから、弟子になった。彼のように強くなり、家族を、友人を、故郷を、ひいては戦乱の世から弱い人々を守るために。

 そんな剣神に、自分もなりたかった。なれると思っていた。否、自分にしかなれないと思っていた。

 だが、違った。真に剣神となる者は、他にいた。

だから、もうなれないのだ。

 ローウェルは、剣神になることは、もう二度とないのだ。

「はは……ははははは……あははははははははははははははははははははははは!!!」

 だから笑った。一生で一番笑った。腹筋がねじ切れるほどに笑った。

 なんて滑稽な人生。なんて惨めな人生。なんて無様な人生。

 終わった。何もかも終わった。もう、生きている意味なんてない。

 この世界は、自分を――ローウェルという存在を否定した。自分は、世界から捨てられた存在なのだ。

 何故だ? 何故、世界は自分を否定した? 何故、レオンという存在をこの世に生まれさせたのだ? 何故、平和を望んでいた自分を否定したのだ?

 悪くない。自分は何も悪くないはずだ。自分は、正しいことを望んでいたはずなのに。

 そう、悪いのは自分じゃない。悪いのは、自分を否定した世界――この世界の方ではないか。だったら、それなら――

「壊してやる」

 笑い声をぴたりと止めて、真紅の騎士が言った。

「何?」レオンが問い返す。

「壊してやる。この世界の何もかも、全て壊してやる。この滑稽で醜悪で無残な世界の、何もかもを、一つの残らず破壊してやる!!」

 天に向かって、真紅の騎士は腹の奥底から絞り出したような咆哮を上げた。

「何を言って……」

 突然の豹変ぶりについていけず、レオンが眉をひそめた時――

 不意に、舞台が激しく揺れた。いや、舞台だけではなかった。地面が、アルマンシア大陸全土が、揺れている。立っているのも困難などほどの揺れに、レオンはその場に跪き、アルサル達は手近な木や岩で身体を支えた。

 同時に、『声』が響いた。大陸全土を覆うその『声』は、不明慮で内容までは聞き取れない。だが、それはどこか物悲しい、それでいて、何かを求めるような必死さを感じさせる、そんな声だった。

「何だ……?」

 倒れそうになるエミリアの肩を支えながら、アルサルが空を見上げて呟く。

「壊してやる!! 全て、何もかも破壊してやる!!!」

 真紅の騎士が再び吠える。その絶叫に呼応するかのように、『声』も大きさと激しさを増していく。鼓膜を震わせるその『声』に、ダンはぞくりと肌を粟立たせた。

 大地の揺れがさらに激しさを増す。バランスを崩して倒れかかって来たユリの身体を両腕できつく抱きしめながら、ダンの視線は自然と北の方へ向いていた。

 あそこにいる。この『声』を発しているものは、あそこにいる。

「シリア……?」

第41話 終