第16話「憎しみの衝動」

 

 地面に倒れたアイスクルのそばに、ソロンが駆け寄る。アルサルはエミリアの手を借りてなんとか起き上がったが、既に戦える状態ではなかった。

「アイスクル、しっかりしろ!」

 アイスクルが苦悶の声を上げながら、なんとか立ち上がる。本能的にか、なんとか急所は避けていたようだった。

「大丈夫……だ……」

 ソロンに支えられながら、どうにか声を絞り出す。だが、こちらも満身創痍の状態だった。

 その様子を、真紅の騎士は無言のまま見つめていた。分厚い兜で覆われた表情は見ることが出来なかったが、どことなくこちらをあざ笑っているように感じられた。

「脆い……脆いな……」

 不意に、兜の奥から声が漏れた。

「なんと脆い……貴様らごときに殺されたなどと、信じたくないものだな……」

 その言葉に、ソロンが眉をひそめる。

「殺された? 何の話だ?」

「まだ気付いていなかったのか? 私は……」

「違う」

 真紅の騎士が全てを言い終える前に、アルサルがそれを否定した。

「技は同じだったが、お前は剣神リョウではない。彼は死んだ」

「その通り。だが、こうして蘇ったのだ。お前達に復讐するためにな」

「蘇っただと? バカなことを……」

 アルサルが首を横に振る。だが、真紅の騎士は構わず続けた。

「あの塔でお前に殺されてから5年、この日を待ちわびたぞ。貴様をこの手で葬り去る日をな!」

 怒声を放ちながら、再び剣を構える。刀身を包む炎が、さらに激しく燃え上がった。

「奇遇だな。俺もだ」

 だが、その時、アルサル達とはまったく別の方向から声がかかった。真紅の騎士が声のした方へと振り返る。

「貴様は……」

「村で会って以来だな」

 声の主―ダンは既にエレメンタルの召還を終えていた。黒と白、二体のエレメンタルが、彼の両隣で待機している。

「俺も待ちわびたぜ。お前に復讐するこの日をな」

 ダンを見た真紅の騎士はしばしの沈黙の後、

「ああ……アルマンシアのか……」

 と興味がなさそうに呟いた。

「今は貴様に用はない。黙っていれば見逃してやる」

「貴様にはなくても俺にはある」

 相手の言葉に耳を貸さず、ダンは二体のエレメンタルを前面に出した。真紅の騎士が仕方がないといった様子で向きを変える。

「10秒で終わらせてやろう」

 ぐっと姿勢を低くし、攻撃の態勢を整える。その刹那、

「ほざけ!!」

 ダンの繰り出した黒いエレメンタルが、高速で敵に向かって突進した。

 黒いエレメンタル―コクの両腕が瞬時に鋭い刃へと変化し、真紅の騎士に迫る。だが、その高速の刃も、寸前のところで真紅の騎士にかわされ、むなしく宙を切った。

 そのまま素早く背後に回りこみ、後ろから切りつける。コクはその一撃であっけなく消滅した。

 素早く向きを変え、今度はダンに迫る。その前には、白いエレメンタル―ハクが待ち構えていた。ハクが短く呪文を唱え、眼前に風のマナで構築された防御壁を展開する。突風により敵の侵攻を食い止める防御壁。しかし、真紅の騎士の前には何の意味もなさなかった。突風をもろともせずに突き進み、一閃する。その一閃で、ハクも姿を消した。

「死ねぇぇぇぇ!!」

 真紅の騎士が突風の防御壁を突き抜けた勢いのまま、ダンに向けて剣を振り上げる。だが、

「むっ!?」

 その剣を振り下ろすことなく、素早く後方に跳躍した。一瞬遅れて、復活したコクの刃がかすめる。ダンはちっ、と舌打ちをすると、すぐさまハクを再召喚した。

「俺のことはいい。ソロン、加勢を……」

 アイスクルが傷口を手で押さえながら告げる。ソロンはアイスクルの怪我の具合を確認してから一つ頷くと、剣を手に取った。

「邪魔すんじゃねぇ!!」

 だが、ソロンを横目で見ていたダンはそれを一喝した。

「じゃ、邪魔だと……!?」

「こいつは俺の敵だ。俺が殺す!!」

 ダンが鋭い目つきで威嚇するようにこちらを見る。怒りを通り越して殺意すらうかがえるその視線に、ソロンは一瞬たじろいたが、

「バカ野郎! 今はそんなこと言ってる場合じゃねぇだろうが!」

「邪魔をすれば、貴様も殺す」

 ソロンの言葉に耳を貸さず、ダンは再び視線を真紅の騎士へと戻した。

「10秒たったな。そろそろ、本気でいってもいいか?」

 相手を挑発するように、口元に冷笑を浮かべる。

「奇遇だな。こちらもそうしようかと思っていたところだ」

 口調は変わらず静かなままだったが、真紅の騎士が放つ空気が変化するのが、その場にいた全員に伝わった。空気がゆがむような、息苦しささえ覚えるような、殺意。

 ダンもその殺意を感じ取り、表情を歪めた。今まで感じたことのない、圧倒的な力。それが今、目の前にある。

 『勝てるのか?』

 頭の中を疑問がよぎる。それを振り払うように、ダンは一つ深呼吸をした。

 罪もない村の人を、彼女の両親を、彼女の心を、全てを奪い、破壊した。

 負けられない。

許せない。

 こいつが、憎い。

「行くぞ!!」

 ダンは両腕を左右一杯に広げると、呪文を唱え始めた。

 

第16話 終