第20話「不和」
その日の夜、コロシアム付近に建てられた宿の一つを提供された二人は、部屋の中でコロシアムの試合のルールを確認していた。
「二人一組のタッグバトル。相手を降参させるか殺したら勝ち……確認するまでもないわね」
「だからそう言ってるだろ」
渡された一枚の紙切れに目を通しているレインに、ベッドでごろりと横になりながらカリオンが言った。
「ようするに、力の差を見せつけて降参させるしかないってことだ。でなきゃ、後は殺すしかなくなっちまう」
「でも、例えば気絶させたりとか……」
「それで認めてくれればいいが……戦闘不能で勝利とは書いてないからな。その場合、殺すまで認めてくれないかもしれねぇ」
「そんな……」
絶句するレインを見て、カリオンはすぐに付け加えた。
「まぁ、あんま心配すんな。殺すつもりなんてねぇし、多分必要もねぇよ」
「え? どうして?」
「よく考えてみろよ」
カリオンがベッドから身を起こす。
「この大会で優勝したって、手に入るのは通行証だけだぜ? そんなもん、欲しがる奴はそうはいねぇ。出てるのは俺らみたいに相当特殊な人間か、あるいは戦いを楽しんでいるような酔狂な奴らだけだ。命がけで戦おうなんて奴はいねぇよ」
「それは、あなたの認識が甘いと思うな」
「? なんでだよ?」
「通行証は1000万もするのよ? 手に入れれば、それなりの値打ちになる。1000万まではいかなくてもね」
レインの説明に、カリオンが『げっ』と顔をゆがめた。
「優勝賞金1000万みたいなもんってことかよ?」
「そういうこと。出てくるのは酔狂な奴らばかりじゃないかもしれない」
「なるほどね……まぁ、大丈夫だろ。一人で二人相手にしなきゃならんのはちときついが……」
「? どういう意味?」
カリオンの言葉に、今度はレインが首をかしげる。
「あんた考古学者なんだろ? 戦闘は専門外じゃないか」
「あ、あのね……私も一応ソーサレスなの。ちゃんと戦えるわよ」
「いいよ。毎日机で本と格闘してる人なんて……」
その言葉に、レインの表情がむっとしたものに変わった。
「何それ? 考古学者をバカにしてるわけ?」
「別に……。ただ、戦いには向かないって言ってるだけじゃん」
「足手まといになるってこと!?」
「はっきり言って、そうだよ」
声を荒げるレインを気にする風もなく、冷静に答えるカリオン。レインはしばらく憮然とした表情でカリオンをにらみつけていたが、やがて一つため息をついた。
「……わかった。好きにしたらいいじゃない」
「ああ、そうさせてもらうよ。遺跡についてからがあんたの役目。それまでは俺に任せてもらおうか」
「……もう寝る」
ふてくされたようにそう言って、自分の部屋に戻ろうとする。その背中に、カリオンが声をかけた。
「ちょっと待った。明日の試合何時からだっけ?」
「え?」
「明日の試合時間。その紙切れに書いてあったろ?」
言われたレインが手元の紙切れを確認する。そして、憮然とした表情のまま言った。
「2時よ。午後の2時。遅れないでよね」
「2時だな? わかった」
「そうよ。それじゃ」
そう言って、レインが扉を開ける。その口元がニヤリと歪んでいたことになど、カリオンはまったく気がつかなかった。
翌日、昼食を終えたカリオンは自室で一人、戦闘のための準備を整えていた。朝、レインに今日の戦闘中のことについて注意しようとしたところ『黙って見てればいいんでしょ? どうぞご勝手に。ご飯も勝手に食べれば?』と全く取り合ってもらえなかった。
(ったく……何なんだよあの女……人が手助けしてやってんのに……)
今朝のことを思い出してイライラしながら、剣を背中に背負う。ざっと鏡で全身を確認し、服装を整えた。
部屋の時計で時刻を確認する。ちょうど、午後の1時を過ぎた辺りだった。
「そろそろかな……」
戦うなとは言ったが、タッグバトルと決まっている以上、連れて行かないわけにもいかない。カリオンは自室を出ると、すぐ右隣にあるレインの部屋をノックした。
「おい、そろそろ出るぞ」
中に向かって呼びかける。だが、返事は返ってこなかった。
「聞いてんのか? あんまりゆっくりしてると本番前にあがっちまうぞ。早めに出ておく方がいいんだ」
カリオンがそう言って、もう一度扉をノックする。だが、やはり返事は返ってこなかった。
「開けるからな〜」
一言そう断って、レインの部屋に入る。だが、部屋の中には既に誰もいなかった。
「なんだよ……どこ行ったんだあいつ?」
カリオンが部屋の中を見回しながら呟く。すると、部屋の机の上に昨日の紙切れが置いてあるのを発見した。
「ったく……あの女……」
なんとなしにその紙切れを手にとって、目を通す。すると、そこには予想外の文字が書かれていた。
『試合開始時間 午後1時』
「あの女〜〜!!」
カリオンは紙切れを放り投げると、部屋を飛び出してコロシアムへと向かった。
第20話 終