×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

第21話「この命」

 

カリオンがレインの陰謀を知る少し前、彼女は既にコロシアムの中にいた。

「まもなく試合時間ですが、パートナーの方は?」

 コロシアムの地下に作られた控え室にいたレインに、大柄の男が尋ねる。コロシアムで受付をすませてから今まで、控室の案内やルールの説明などを行った男だ。

「わかりません。大方、寝坊でもしたんじゃないですか」

 そんなはずはないとわかっていたが、レインはしれっとそう言い放った。

「対戦相手は二人揃っているようです。試合時間の変更は認められません。棄権なさる場合には今のうちに……」

「棄権なんてしません。一人でも戦います」

「承知いたしました」

 男がそう言って軽く頭を下げる。そして、そそくさと部屋の隅に移動し、部屋の角にある椅子に再び腰を下ろした。

 男は、レインが控室に来てからずっとああして黙ったまま座っている。だが、座っている間も険しい表情のままだ。一つ一つの動きも機敏で、隙がない。ただの案内人や雑用係にしては、出来すぎている。

 こちらを監視しているのか?

 棄権する場合、などと言っていたが、簡単に棄権などさせてくれるのだろうか?

 レインの頭の中には、このコロシアムに関する様々な疑問が渦巻いていた。

「時間です」

 不意に、男が立ち上がった。

「遅れると失格になります。お急ぎを」

「わかりました」

 レインも立ち上がり、男の後に続く。

 とりあえず、色々考えるのは後回しにしよう。今は、試合に集中しなければ。

 

 

 コロシアムの試合会場に着いてまず驚いたのは、歓声だった。

 円形の客席を埋め尽くす人。その怒号と歓声。こんな殺伐としたショーに熱狂する人がこれほどいるとは……。

 それに、コルム大陸では殺し合いをさせる娯楽など認められていない。これは明らかに非合法だ。にも拘わらず、これだけの人がここに集まっている。レインは改めて、ここが異常な世界であることを実感した。

 コロシアムの舞台には、マントを着た二人の男がいた。両者とも背中に剣を背負い、殺気立った目でこちらを睨みつけている。年齢はレインよりは上のように見えたが、まだ二十代に思える。どうやら、この二人が今日の対戦相手のようだ。

(ファイター二人か。パワーもありそうな感じ……)

 接近されればかなり危ないだろう。どうにか、接近される前に仕留めなければ……。

 『はっきり言って、そうだよ』

 自分は足手まといか、と聞いた時のカリオンの答えが思い出される。

(見てなさい……私一人でだって……)

 審判らしき男の誘導に従って、両者が舞台の中央付近に歩み寄る。審判は改めてレインに棄権の意思がないかを確認したが、レインはきっぱりと否定した。

「それでは、試合開始の鐘がなるまで待たれよ」

 審判がそう言って、舞台を下りていく。巻き添えにならないようにとのことだろう。

 ようするに、審判は形だけのものだということだ。相手が降参するか死ぬまでは、いかなる行為も許される。この試合はそういうルールということだろう。

 レインと対戦相手との距離は5メートルほどといったところだ。この距離ならば、相手の剣は届かない。恐らく、試合開始と同時にこちらとの距離をつめてくるだろう。ならば……。

 コロシアムに試合開始を告げる鐘が鳴り響く。それは、すぐに観客達の歓声と怒号にかき消された。

 レインの予想通り、対戦相手二人は真っ先にこちらとの距離をつめてきた。レインは地面を強く蹴って後方に跳躍しながら、すばやく呪文を詠唱した。

「アイスウォール!」

 たちまち舞台が凍りつき、いくつもの氷柱が地面から突き出す。レインの計算では、この魔法で二人の動きを封じてしまうつもりだった。だが、

「ちっ!」

 思わず舌打ちをする。対戦相手はレインの動きを先読みしていたのか、魔法の発動より少し前に高く跳躍し、それを回避していた。

だが、それでもまた対戦相手とは中距離以上を確保している。ファイターの実力は接近戦で初めて発揮されるため、この距離で有効な攻撃方法はほとんど存在しない。

(もう一度距離を取らないと……)

 そう思い、レインが走り出そうとしたその時だった。

「アイスウォール!」

 それは、レインの声ではなかった。たちまち地面がレインの両足もろとも凍りつく。完全に動きを封じられた格好だ。

(そんなバカな! どうして……!?)

 レインが対戦相手の方に振り向く。対戦相手の一人は、その手に杖を握りしめていた。背中の剣はささったままで、抜かれた様子はない。

(フェイク!?)

 恐らく、マントの中に杖を隠し持っていたのだろう。背中の剣は、ファイターだと見せかけるための飾りだったのだ。

(なんてこと……)

 完全に読み違えた。

 いや、この程度のフェイク、普段の自分ならそう簡単には引っかからなかったかもしれない。カリオンを見返してやりたいという気持ちの焦りが、自分の目を曇らせていたのだろう。

 もう一人の対戦相手が、剣を抜いてこちらに向かってくる。こちらは本物のファイターのようだ。接近されては、レインに勝ち目はない。だが、両足が凍りついたこの状況では、逃げようにも逃げられない。苦し紛れに放った詠唱時間の短い初級魔法も、あっさりと見切られ、かわされてしまった。

 対戦相手の剣がレインに迫る。もはや、なすすべもなかった。

 両目を閉じて、痛みと衝撃に備える。この状態では、一撃で致命傷だろう。

 不意に、イブリースの死に顔が思い浮かんだ。

 先生は、どうだったんだろう?

 痛かったのかな?

 苦しかったのかな?

 最期にちょっとでも、私のこと思い出してくれたかな?

 ……どっちでもいいかな。だって、私ももうすぐ……。

 

 

「レイン!!」

 その声に、レインは現実に引き戻された。同時に、感傷的になっていた思考回路が一気に覚醒する。

 そうだ。この命は、イブリースにかつて救われたものだ。ガーディアンとの戦いで死にかけた私を、彼が命がけで守ってくれたのだ。

 こんなところで簡単に、あの人のところに行ってたまるか!

「やぁぁ!!」

 手にしていた杖を、対戦相手のファイターに向かって投げつける。こんな攻撃が当たるとは思っていなかった。だが、敵の動きを一瞬だけ鈍らせる事ができる。

 その一瞬で十分だ。その一瞬で、彼ならやってくれる。なぜか、そんな確信があった。

「おおぉぉぉ!!」

 その一瞬を、カリオンは見逃さなかった。一気に舞台に駆け上がり、剣を抜く。そして、対戦相手の剣がレインに届く寸前に、その剣を受け止めた。

「はぁぁぁぁ!!」

 ぐっと両腕に力をこめて、相手の剣を押し返す。予想外の敵の登場に、相手はとっさに一度身を引いた。

「カリオン君……」

 後ろから申し訳なさそうな声が聞こえてくる。カリオンは振り返らないまま言った。

「……世話の焼ける女だ……」

 今すぐ説教してやりたいところだったが、今はそんな場合ではない。

「そこで見てろ。話はあいつ等を片付けてからだ」

 カリオンは剣を構えると、対戦相手と思しき二人に向かって不敵な笑みを浮かべた。

「さぁ、第二ラウンドといこうか」

 

第21話 終