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  1. 第22話「何もない男」

 

 対戦相手の二人は突然現れたカリオンに驚いたようだったが、それも一瞬だった。すぐさま武器を構え、油断のない目つきでこちらを警戒する。

 カリオンは不敵な笑みを浮かべたまま、一歩も動こうとはしない。一見隙だらけにも見えるが、そうではないことが二人にはわかっていた。彼には、余裕があるのだ。二人相手でも勝てるという、絶対的な自信が。

 だが、二人は怒りに身を任せて突進するような愚か者ではなかった。それだけの自信があるということは、それだけの実力があることの裏返しだ。二人は徐々に距離を取りつつ、カリオンを両側から挟みこむ位置にまで移動し始めた。

 

 

(挑発には乗ってこないか……)

 じりじりと移動を始めた二人を横目で見ながら、カリオンはわずかに足に力をこめた。両方が一遍に飛びかかってくれば一気に二人を倒せると考えていたが、そう甘くはなかったらしい。二人が距離を離しているのは、共倒れを防ぐためだろう。離れて攻撃すれば、片方が攻撃されてももう一方が援護することが可能だ。二人の動きを見て、カリオンは敵がそこそこ場数を踏んでいるであろうことを悟った。

 しかし、このまま相手の思い通りに挟み撃ちにされてはたまらない。いかにカリオンでも、両側から繰り出される攻撃を防ぎつつ反撃するのは困難を伴う。だからこそ、敵が動き終えるまでに、こちらが動き出さねばならない。しかし、敵がこちらの動きに気づけば、すぐにでも同時に襲いかかってくるだろう。

 さとられてはならない。しかし、動きはフルパワーで。カリオンは時間をかけて、少しずつ少しずつ足に力を込める。わずかに利き足側に体重をずらし、すぐにでも動ける体勢をととのえた。

 緊張と高揚感。戦うための精神状態を作り上げ、身体の底から熱く燃え上がらせる。しかし、それをさとられぬよう、殺気は消しておく。

 敵がこちらの変化に気づいた様子はない。

 準備は万全。問題ない。

 そう本能が告げた瞬間、カリオンは弾かれたように敵のソーサラーに襲いかかった。相手の反応が一瞬遅れる。カリオンの努力の賜物だった。

 すぐに呪文を詠唱し、カリオンに向かって火球を放つ。洗練された、素晴らしい詠唱速度だった。

 ソーサラーは、カリオンがそれをかわすと踏んでいたはずだ。右か左かはわからないが、すくなくとも一瞬動きが鈍る。その隙に、カリオンと距離を取り、味方のファイターと合流する。恐らく、そう考えていただろう。

 その計算は間違っていなかった。普通のファイター相手なら、だが。

 ソーサラーの手から火球が放たれる一瞬前に、カリオンも呪文を詠唱していた。敵ほどではなかったが、こちらも素早い詠唱。そして、敵が火球を放つと同時に、カリオンの左手からも火球が放たれていた。

 敵の火球とカリオンの火球が、二人の間で衝突する。

 同時に起こる爆発。閃光と熱気が辺りを包みこみ、爆風の衝撃が舞台にいた者達へ襲いかかる。彼らは舞台から吹き飛ばされぬよう、懸命に足を踏ん張った。

 そんな状況の中、彼だけは違った。襲い来る爆風をもろともせず、彼は突き進んだ。

 爆風の煙の中を突き破って、彼―カリオンが敵のソーサラーの眼前に現れる。その速度たるや、とても爆風を受けたとは思えないほどの速さであった。

 瞬時に剣を掌の中で回転させ、刃を自分の方に向ける。そして、ソーサラーの腹に、猛烈な速さで剣の柄の先をめり込ませた。

 無理やり肺の中の空気を吐き出させられ、ソーサラーが声にならない悲鳴を上げる。

 何故、ファイターが魔法を使えるのか。

 そんな疑問を頭によぎらせる間もなく、そのソーサラーは意識を失い、舞台に突っ伏した。

(あれが……)

 最年少ALTカリオンが魔法を使えるらしいという噂は、レインも聞き及んでいた。

 もっとも、今の今までは半信半疑だった。アルサルやレオンといった超一流のファイターですら使えないのだ。そう思うのも、無理はなかっただろう。

 だが、今目の前で、彼は確かに魔法を使った。それは、近距離でしか戦えないというファイターの最も大きな弱点を補うことになる。レインは彼が最年少でALTとなったのも無理からぬことだと納得した。

「まず一人」

 カリオンが倒れたソーサラーを見下ろしながら呟く。

 だがその時、カリオンの背後の煙の中から、ぬっと敵のファイターが姿を現した。どうやら、カリオンがソーサラーに気を取られているうちに、気配を消して近づいたらしい。戦闘中でないレインでさえ、その時初めて彼の存在に気がついた。

「後ろ!」

 レインが叫ぶ。その声で、カリオンはすぐさま敵の存在を察知した。敵との距離は2メートル弱ほど。十分逃げられる距離だ。

 敵もそれがわかっているのだろう。ほんの一瞬だけ悔しそうな顔を浮かべたが、すぐにカリオンに向かって突進した。面と向かって戦って敵わないことを、既に悟っていたのだ。

 後ろを向いたその体勢では、カリオンが不利になる。一度逃げて体勢を立て直し、再度正面から向き合えば確実に勝てる。彼がそう選択するだろうと、レインは考えていた。しかし、彼はそうしなかった。

 剣を握りながら、身体を反転させる。迎え撃つつもりなのだ。

「ダメ!」

 レインは思わず叫んでいた。先ほどの短い戦いでも、相手のファイターの力量は把握している。不利な体勢で勝てるほど、甘い相手ではなかった。

 敵の剣がカリオンの喉元に迫る。喉元から脊髄を切り裂き、一気に戦闘不能にしようという腹だろう。後数センチで、彼は死んでしまう。レインは間に合わないと思いつつも、すぐに呪文の詠唱を始めた。

 一番短い初級呪文の詠唱が、いやに長く感じる。早く終えないと、彼が……。

 その刹那、彼の首がほんのわずかに動いた。ほんのわずか、しかし、絶妙のタイミング。敵の剣は止まりきれず、首をわずかにかすめただけだった。

 突っ込んでくる敵のファイターの腹にも、同じように柄を叩きこむ。一瞬で意識を遠くにおいやられ、膝を崩す敵のファイターに対し、カリオンは流れるような動作で足払いをかけると、仰向けに舞台に倒し、逆にその喉元に剣を突き付けた。

「終わりだ。降参しろ」

 見下ろしながらそう告げる彼に、敵のファイターが無言で頷き返す。

 同時に、コロシアムの歓声は頂点に達した。

 

 

 カリオンの首筋から流れた血が、腕を伝って舞台に小さな赤い点をつくる。レインはカリオンの隣までやって来ると、無言で布を傷口に押し当てた。

 「サンキュ」と小さく礼を言って、カリオンが自分の手で傷口を押える。思ったよりも出血量が多く、なかなか止まらなかった。

「ねぇ、ちゃんと治療した方が……」

「心配ない。重要な動脈には当たってない」

 カリオンがそっけない声で応じる。確かに、徐々に出血は少なくなっているようだった。

「部屋に戻るぞ。お前にたっぷり説教を……」

「待って」

 さっさと舞台を去ろうとするカリオンの腕をレインが掴んだ。

「何だよ?」

「さっき、どうしてわざわざ迎え撃ったの? 相手の力量くらいわかっていたはずでしょ。どうしてあんな危険なことを?」

「よけられる自信があった」

「よけられたとしたって、動脈に傷がついたらどうするの!? 今回はたまたま大丈夫だったけど、もしそうなってたら重症よ! 悪ければ命だって……!」

「そうなったらそうなっただ」

 カリオンがあっさりそう言い放つ。その答えに、レインは言葉を失った。

「俺にはもう、何もない。両親も、家族も、故郷も、何もないんだよ。一番大切な人も……守るべき人も、もういない。俺が生きている理由は、もう何もない。そんだけだ」

 レインの手を振りほどき、カリオンが舞台を後にしていく。その背中を見つめながら、レインはただ、

「何それ……?」

 と一言呟いた。

 

第22話 終