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第33話「故郷への帰還」

 

 イルノト。コルム大陸の西端に位置するこの町はアルマンシア大陸にもっとも近く、一日に二度、朝と夕方に港からアルマンシア大陸への定期便が出ている。

 まもなく定期便の出港時刻とあって、港には既に多くの乗客が集まっていた。アルマンシアに商品を輸出、あるいはアルマンシアから輸入しようとする商人。いまだ未開の大陸と呼ばれるアルマンシア大陸の奥地に挑もうとする冒険家や、その未知の文化を体験しようとする旅行者など、乗客の顔ぶれは実に多彩である。

 そんな中に、それら様々な顔触れから見ても浮いている八人の男女がいた。年齢も職種も格好もバラバラだが、何故か全員が武器を携え、異様な存在感と風格を醸し出している。

 管理局長室に呼ばれた六人、それにティアとユリを加えた八名は、港の一か所に固まっていた。ティアやレオン、アルアル、エミリアなどは既に顔が知れているため、港で待つ他の乗客たちがチラチラと視線を向けてくるが、話しかけようとする者はなく、遠巻きに見ているだけにとどまっていた。

 本来、アルマンシア大陸に向かうのは管理局長室に呼び出された六人のみのはずであったが、そこに二人が加わることになったのには理由がある。

 ティアが加わることになったのは、アルスティンがもたらした真紅の騎士以外のもう一つの報告が原因であった。

「一週間ほど前、アルマンシア大陸でレバン様を見たとの目撃情報がありました」

 このアルスティンの報告は、ティアにとって衝撃的であった。しかも、目撃情報は一つではなく、複数確認されているという。情報を得てから報告までに一週間かかったのは、一つだけでは信憑性がないとしてアルスティンが裏をとっていたからということだった。

 自分の目で確かめたい。ティアがそう思うのは無理からぬことであった。だが、管理局長という立場上、むやみに管理局を離れるわけにはいかない。

 二つの思いの間でティアは悩んだが、その気持ちを察したアルスティンはティアが不在の間、自身が管理局長の事務を代理で引き受けると提案し、結局、ティアはその提案に甘えることにした。

 こうして、まずティアが六人の中に加わることとなった。

 そして、もう一人、

「レオン」

 港にいくつも積まれた木箱の山に背を預けながら、アルサルは隣にいるレオンに声をかけた。

 両目を閉じて腕を組み、物静かに佇んでいたレオンは片目を開けると、なんだ、と視線だけをこちらに向けて答える。

「なぜ、ユリちゃんに同行を求めた?」

 ユリの同行を求めたのは、レオンだった。出発前、ティアからダンの事を一通り聞かされたレオンは、自らユリの元へ足を運び、同行を求めたのだという。

「……あのダンとかいう奴からは、かつての俺と同じ雰囲気を感じる」

「かつての?」

「そうだ。憎しみに縛られ、復讐を果たすために戦ったかつての俺と、な。俺もお前も、似たような経験があるからわかるだろう?」

 アルサルがかつて扱っていたリーサルウェポン『グロスソード』は、母親を軍人達に殺された時に生じた激しい怒りと憎しみを糧にして生み出されたものだった。その怒りや憎しみは武器となってアルサルに大きな力を与えたが、やがてアルサル自身を蝕んでいった。

「怒りや憎しみは、消えることはない。いつまでも胸の奥底で燻り、心を縛り付ける。その縛りから解き放たれるには、誰かの支えが必要だ。かつてのお前のように、な」

 憎しみに縛られたアルサルを救ったのは、彼の師であったカイエンの命と、そして、エミリアの存在であった。彼らの支えがあって、アルサルの心は初めて憎しみから解放された。

 だが、レオンにはそうした存在がいなかった。ただ一人、信じていた剣神リョウに裏切られたと思い、その怒りと憎しみに任せて戦い続けた。

「同じ末路を辿らせたくはない。あいつの心を憎しみから解き放てるのは、恐らく彼女以外にはいない」

 そう言って、レオンが視線を動かす。その先には、エミリアと何やら話しこんでいるユリの姿があった。

「そのことは、ユリちゃんに伝えたのか?」

「いや。だが、彼女はわかっているさ」

 レオンが同行を求めた時、ユリは二つ返事で承諾した。彼女自身も、ダンの危うさに気づいているのだろう。もっとも、その危うさがどこから来ているかまではわかっていないかもしれないが。

 レオンは再び両目を閉じると、最後に一言呟いた。

「後は、あいつ自身の問題だ」

 

 

 アルマンシア行きの船を待つ間、ダンはアルサル達から少し離れた場所に立っていた。夕方の冷えた潮風が港に吹き抜ける。その冷たさに小さく身震いし、風で飛ばされたゴミが目に入らぬよう目を細めながら、ダンは遥か海の向こうにある地平線を見つめていた。

 なんとなく望郷の思いに駆られて、地平線の先にアルマンシア大陸の影を探す。だが、ここからではそれを見ることはできなかった。

 思えば記憶をなくしてから、ダンはアルマンシア以外の事を何も知らなかった。そのためか、アルマンシアを出てまだそれほど経っていないはずだが、コルムに来たのがとても昔の事のように感じられる。そう感じるほど、コルムで体験した出来事は自分に大きく影響したということだろう。

 振り返って、アルサル達のいる方に視線を移す。そこには、エミリアと談笑しているユリの姿もあった。

 ここしばらく、ユリとはまともに言葉を交わしていない。ケガの治療に専念していたという事もあるが、何より問題なのはダンの記憶の中に眠っていたシリアという人物の存在だった。

 性別も年齢も全く思い出せない。でも、その名前を思い出すと、何故かとても温かい気持ちになる。恐らく、記憶をなくす前の自分にとって大切な存在であったのだろう。

 ユリを守る。それは彼女の両親との約束であり、アルマンシアを発つ日に誓った事だ。だが、その誓いの根底にあったのは、真紅の騎士への憎しみと、ユリを大切に想う気持ち。

 その気持ちは今でも変わらない――はずだ。

 だが、記憶を失う前の自分の気持ちと、記憶を失った後の自分の気持ちがズレている。

  まるで、二人の自分が一つの身体に同居しているような感覚。その奇妙な感覚が、ユリと話す事を躊躇わせていた。

 アルマンシアに帰り、真紅の騎士を倒す。それが今、自分のすべきこと。だが、今の自分にそれを成し遂げるだけの力はあるのだろうか。

 何故、自分は戦うのか?

 何のために?

 誰のために?

 

 俺の本当の気持ちは――

 

「ダン、船が来たぞ!」

 思考の渦に飲み込まれていたダンは、ティアの呼びかけで現実に引き戻された。

 港に到着した船の入り口を船員が開き、待っていた客達が続々と吸い込まれるように船内に入っていく。

  それを見たダンは一つため息をつき、

「ああ。今行く」

 悩んでも悩んでも、出口の見えない闇。

 その闇の中に光を見つけられぬまま、少年はまた一歩を踏み出した。

 

第33話 終