第34話「相見える英雄」

 

   アルサル達は船の中で一泊し、翌日の午後にアルマンシア大陸へと到着した。船から荷物を運び出す商人達の間をすり抜け、一行は港を出ると近くの浜辺に一度集まった。

「それで、これからどうする?」

「まずは情報収集だ。真紅の騎士の居場所を突き止めねばならない」

 ソロンの質問に、ティアが即座に答える。

「なら、早速近くの村で聞き込みを始めよう。日が暮れる前にね」

 アルサルの言葉に、他の者達も頷く。

 だが、

「いや、その必要はなさそうだ」

 そう言って、レオンが背中の剣に手をかける。同時に、がちゃり、という重たい金属音がアルサル達の背後から聞こえてきた。

「既にお揃いのようだな」

 レオンを除いた七人が一斉に振り返る。そこには、まごうことなき真紅の騎士の姿があった。

(また、こちらの動向が先読みされて……?今回の事は情報部にも知らせていないというのに、一体どうやって……?)

 様々な疑問が頭をよぎったが、今は考えている時ではない。ティアはそれらの疑問を頭から振り払うと、真紅の騎士に向かって言った。

「お前の目的は一体何だ? 何故、罪もない人々を殺した?」

「罪もない? 少なくとも、私を殺した罪はあったはずだがな」

「あくまで、剣神リョウを名乗る気か?」

「事実だ」

 無感情に、ただ淡々と受け答えをする。真紅の分厚い兜に隠され、その表情は相変わらず読み取れない。

「私の目的は、単なる復讐。それ以上でも、以下でもない。復讐が終わるまで、私の剣が止まることはない」

「……話し合いの余地はないようだな」

 もとから期待などしていなかったが、やはり話し合いが通じる相手ではなかった。目的がシンプルであるがゆえに、妥協点など見つけようもない。

「その通りだ。おとなしく、我が剣の錆となれ」

 真紅の騎士が腰の鞘から剣を引き抜く。ぼうっ、と勢いよく燃え上がった紅蓮の炎が刀身を包みこんだ。

 同時に、アルサル達もそれぞれの武器を手に取り、戦闘の準備に入る。

「待て」

 だがその時、レオンがティアの脇を抜けて両者の間に割って入った。

「ここでは人目につくし、周りへの被害も大きくなる。場所を変えるべきだ。お前も騎士のはしくれなら、そのくらいわかるはず」

「レオンか……」

 炎の剣を構えたまま、真紅の騎士がレオンに顔を向ける。レオンは剣を背中に収めたまま、鋭い目つきで真紅の騎士を見返した。

「……いいだろう。死に場所くらいは自由に選ばせてやる」

 どこか余裕を感じさせる声色でそう答えると、真紅の騎士は剣を鞘に戻す。それを見て、他の者達も一度武器を収めた。

「ここから西に一〇分も歩くと、古代の闘技場跡がある。そこなら、思う存分戦えるだろう。どうだ?」

「いいだろう」

 真紅の騎士の言葉に、レオンが頷き返す。

 それを確認した真紅の騎士は、踵を返して森の中へと入って行った。

「あいつの言葉を信じていいものか? 罠の可能性もあるが」

 アイスクルがレオンに尋ねる。

「さぁな。だが、たとえ森の中でもここよりはマシだ」

 先に行くぞ、と告げてレオンが森の中へと入っていく。他の者達は、最終確認をするようにティアを見た。

「……行くしかあるまい」

 そう言って、ティアも森の中へ。

「鬼が出るか蛇が出るか……どっちも勘弁して欲しいけどね」

 アイスクルが肩をすくめて言う。ソロンは苦笑いを浮かべてその肩を叩くと、二人でティアの後に続いていく。

「アル……」

「行こう。悩んでいても仕方がないさ」

 不安そうにこちらを見上げてくるエミリアを安心させるように、力強い口調で答える。こうして、アルサルとエミリアも森の中へと入って行った。

 残されたのは、ダンとユリの二人だけ。船の中でも一言も言葉を交わさなかった二人は、横目で相手の様子を確認する。そして、ばっちり目が合ってしまうと、慌てて視線をそらした。

 

 何をしている。こんなところでぼけっとしている場合じゃない。そんなことはわかってる。でも、

―なんてユリに声をかければいいのか?

 わからない

―どんな表情で声をかければいいのか?

 わからない。

―何故、こんなに苛立つのか?

 わからない。何もわからない。

 自分が、本当の自分が、わからない。

―ダン、お前はどうしたい?

 ……俺は、

 

「ダン、置いて行かれちゃうよ?」

 ユリの小さな手に腕を掴まれて、ダンは現実に引き戻された。目の前には、怪訝そうなユリの顔。ダンは反射的に顔をそらした。

「あ、ああ。俺の傍を離れるなよ」

 そう言って、森の中へ足を向ける。すぐに、ユリも後をついてきた。

 結局、ユリにかけるべき言葉はわからなかった。そして、向こうから声をかけてもらえたことに、どこかほっとしている自分がいる。

 その不甲斐なさに、ダンは密かに唇を噛みしめた。

 

 

 真紅の騎士に連れられてやって来たのは、縦横二〇メートルほどの石畳の闘技場跡だった。既に石畳に使われている石板は劣化し、ところどころに地面から生えた雑草が覗いている。周囲は深い森に囲まれており、上空から見ると闘技場跡のその空間だけが周りからぽつりと浮いていた。

「さて、まずは誰からだ? それとも、全員まとめてくるか?」

 一足先に舞台に上がった真紅の騎士が尋ねる。

「俺が行こう」

 その問いに間髪入れず、レオンが答えた。

「レオン、お前一人で? 無茶だ!」

「俺が負けたら好きにしろ。だが、まずは俺一人でやらせてもらう」

 ティアの言葉に耳を貸さず、レオンは一人闘技場の舞台に上がった。

「いいのか、レオン? 別に一対一である必要はないぞ?」

「多人数で戦えば常に有利なわけではない。それに、俺の戦闘スタイルは共闘向きではないんでね。あんたが一番よく知ってるはずなんだがな、剣神リョウ?」

 口の端を歪めて、レオンが皮肉る。その皮肉に真紅の騎士は何も応えず、ただ、腰に帯びた剣に手をかけた。

「私のいなかった五年間の間にどれほど腕を上げたか、見せてもらおうか?」

 鞘から抜きとれられた刀身が、再び紅蓮の炎を帯びる。

 対して、レオンは右手を前に突き出した。刹那、眩い光が掌から発せられる。レオンの体内から溢れ出たオーラは形を歪め、やがて一本の細身の片手剣を作り出した。

 レオンが持つリーサルウェポン、闇のグランドブレード。その黒光りする刀身の切っ先を突き付け、レオンは言った。

「ああ、よく見ておけ。ほんの一瞬しか見られないだろうからな?」

 あからさまな挑発。だが、効果はあった。

 真紅の騎士から禍々しいオーラが発せられ、それに呼応するかのように刀身の炎が一際強く燃え上がる。

 それに応えて、レオンからも辺りを威圧するようなすさまじいオーラが発せられた。

 二人のオーラがぶつかり、大気を震わせ、いびつに歪ませる。

「レオン、待て!」

「こうなったら、二人の間に入るのは危険だ。見守った方がいい」

 アルサルが未だ納得がいかない様子のティアの肩を掴み、後ろに下がらせる。

 その瞬間、ガン! と破裂するような音と共に、二人が地面を蹴った。

 剣神と呼ばれた男達の戦いが、今、始まる。

 

第34話 終